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ジープよりも早く完成!国産四駆の先駆け「くろがね四起」の現存する貴重な1台を公開

日本内燃機 九五式小型乗用車:グリル中央に輝く陸軍の星章。1941年式が備える四角いグリルと丸目ライトが軍用車の威厳を放つ

日本自動車博物館が所蔵する1941年式くろがね四起。ジープより前に実用化した国産初の四輪駆動車

ジープより前に四輪駆動を実現した国産車があると聞けば、多くの人が驚くだろう。1936年に陸軍へ制式採用された九五式小型乗用車、通称くろがね四起がそれである。実戦に投入されながら、現存数の少なさからほとんど知られていない。今回は日本自動車博物館に収蔵される貴重な1台を、特別に車内やエンジンルームまで取材した。

ジープより早く四輪駆動を実用化した国産車、それがくろがね四起だ

自動車の進歩は戦争期に一気に進むと言われている。戦地での人員輸送や物資の移動に、自動車は不可欠だったからだ。第二次世界大戦中、世界各国で不整地走行用の軍用車両が相次いで誕生した。代表的な存在として、アメリカ陸軍の要請でウイリスが手がけた四輪駆動のジープMB型、ドイツのフォルクスワーゲン「キューベルワーゲン」が挙げられる。後者は二輪駆動の軍用派生モデルである。いずれも各戦地で活躍したことは言うまでもない。

注目したいのは、日本がそれらに先んじて独自の四輪駆動車を完成させていた事実だ。日本初の国産実用四輪駆動車として日本内燃機(のちの東急くろがね工業、現日産工機の前身)が開発し、九五式小型乗用車として陸軍に制式採用されている。九五式の名称は、当車両が完成した1935年が皇紀2595年にあたることからそう呼ばれるようになった。その後、日中戦争や第二次世界大戦では中国大陸や東南アジアの未舗装路で活躍した。

軍用車として生産された宿命もある。終戦と同時に戦地へ放棄されたり、敵に鹵獲(ろかく:敵の装備を奪い取ること)されたりして、ほとんど現存していない。今回紹介するのは、日本自動車博物館に収蔵されている1941年式の九五式小型乗用車だ。

終戦までに約4800台を生産し、各地の戦線で走り続けた

くろがね四起の正式名称は九五式小型乗用車である。「くろがね四起」の通称は、日本内燃機のオート三輪車ブランドとして当時著名だった「くろがね」と「四輪起動」にちなむ。後にくろがねオート三輪などを製造する日本内燃機によって、1936年から終戦まで生産が続いた。ボディの変更や座席増などのマイナーチェンジを併せて、最終的には小型貨物自動車となり1944年までに計4775台が生産された。

外観で最も目立つ変化は、フロントグリルの形状にある。デビュー当初は楕円形だった。1939年から1943年型は、排気量1400cc、4名乗りフェートン型(幌付きの4ドアオープンカー)で、フロントグリルは正方形に近い形となる。排気量は初期型のみ1300cc、1939年以降の生産型では1400ccへと拡大された。ボディタイプも当初の2座から4座フェートン、さらにモデル末期にはピックアップ型まで複数を数える。最終モデルは2名乗りピックアップトラック型で、車種が小型貨物自動車に変更され、フロントグリルは蝶が左右に展翅したような特徴的なバタフライ型となった。

博物館に収蔵される個体は1941年式である。ラジエターグリルが四角い形状で、側面にガラスのない4座フェートンのボディをまとう。星章を掲げた角型グリルが、いかにも軍用車らしい面構えを見せる。

普段は非公開の車内とエンジンルームを特別に取材した

展示台の上に置かれた車両の内部を、今回は特別に見せてもらえた。階段上の高い位置に据えられているため、通常は内部を観察できない。エンジンルームには空冷V型2気筒1349ccエンジンが、かなり後方に搭載されていた。バンク角45°のV型2気筒OHV強制空冷エンジンが採用された。車軸直結のファンで強制冷却する方式だ。

この動力をトランスミッションやトランスファーを介して前後の四輪へ分配する。いわゆるパートタイム四輪駆動方式である。車内には前後2名ずつ、計4名分のシートが備わる。リアシートは折り畳むことで荷物を積むことも可能だ。トランスミッションとトランスファーを覆う巨大なセンタートンネルには、シフトレバーのほか、トランスファーレバーやサイドブレーキが並ぶ。

現存状況にも触れておきたい。これまでくろがね四起は、国内ではここ日本自動車博物館にしか現存しないとされてきた。静岡のNPO法人「防衛技術博物館を創る会」が京都にあった1台を発見し、レストアした。この個体がお披露目されたことで、国内に現存するのは2台になったという。

ジープが世に出るより前に、日本は独自の発想で四輪駆動を実用化していた。その技術の結晶が、いまも色褪せた軍用色をまとって静かに佇んでいる。戦地を駆け抜けた1台が時代の荒波を越えて残った事実は、自動車史の貴重な証人である。所蔵する日本自動車博物館の地道な保存があってこそ、私たちはその姿に向き合える。話題のくろがね四起を訪ね、国産四駆の原点に触れてみてはいかがだろうか。

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