大衆車から華麗なるミッドシップスポーツへと変身したX1/9
高価格での取引が常態化している現在の国際クラシックカーマーケットにおいても、愛好家や専門業者、オークショネアたちは、まだ高騰が進んでいない穴場的なモデルを探し求めているようです。2026年3月に開催された公式オークションに出品された1989年最終型フィアット「X1/9」の限定モデルの詳細と、その落札結果から見えてくる欧州と英国市場のタイムラグについて紹介します。
ダンテ ジアコーザ式を反転させた秀逸なミッドシップレイアウト
英国のクラシックカー専門誌「Practical Classics」誌が主催するトレードショー「The Classic Car and Restoration Show 2026」に際して、英国アイコニック オークショネアが、2026年3月21日と22日に開いたイベント公式オークションでは、ちょっとミステリアスなフィアット「X1/9」が出品されていた。
1972年にリリースされたX1/9は、イタリアの自動車デザインの真髄といえるコンパクトなミッドシップスポーツカーであり、手の届きやすいパッケージでエキゾチックなエンジニアリングの魅力をドライバーに提供したエポックメイキングな傑作だ。そして、ベルトーネ所属時代に花開いたマルチェッロ ガンディーニ天賦の才と、フィアットの優れたテクノロジーが見ごとに融合したモデルでもあった。
さらに1970年代初頭という時代に先駆けて、厳しい米国安全基準を最初から満たすよう設計された初のフィアット車という特筆すべき事実も有していた。
その心臓部としては、前輪駆動の大衆向けベルリーナ(セダン)であるフィアット「128」から借用した横置きエンジンとトランスミッションの「ダンテ ジアコーザ式レイアウト」が採用されていたが、このパワートレーンを反転し、結果として駆動系を後輪軸の直前に配置するという、きわめて秀逸なアイデアが加えられていた。
つまりはこの優れたミッドシップレイアウトがX1/9に名高いバランスの取れたハンドリングをもたらし、当時のライバル車たちとは一線を画す存在へと昇華させた。そして、こののち全世界に現れるミッドシップの小型スポーツカーたちの先駆けともなったのだ。
実用性も備えたガンディーニによるウェッジシェイプのスタイリング
一方、いかにもこの時代のガンディーニ作品らしい特徴的なウェッジシェイプのスタイリングには、リトラクタブル式のヘッドライト、フロントフード下にコンパクトに収納可能な軽量ハードトップ、そして2人乗りスポーツカーとしては珍しい実用性を備えた前後のラゲッジコンパートメントが含まれていた。
パワーユニットは、当初フィアット 128用の直列4気筒SOHC 1290ccを選択した。その後1978年以降は、128の実質的後継車であるフィアット「リトモ」用の1498ccエンジンが組み合わされるとともに、内外装にも大規模なマイナーチェンジが加えられる。
もともと、製造工程の大部分をトリノ近郊グルリアスコの「グルッポ ベルトーネ(ベルトーネ グループ)」工場で行っていたX1/9だが、1972年から1982年まではフィアットのブランドとネットワークで販売されていた。しかし、1982年にベルトーネが生産を全面的に引き継ぐと、エンブレムを取り換えてベルトーネ「X1/9」として再ブランド化される。ただし販売網はフィアットのネットワークが継続されたほか、英国などの一部市場ではフィアットブランドを名乗ったまま販売されていたようだ。
ともあれ、これらの後期モデルは内外装も豪奢に仕立てられたほか、とくに大柄なドライバー向けに足元スペースと全体的な快適性を向上させるための改良など、小規模の改良も施されていた。その後もX1/9は細かい変更や限定バージョンの追加などの延命策を施されつつ、デビューから17年後の1989年まで、フィアットおよびベルトーネ両ブランド総計で約16万台が生産されたといわれている。
生産最終年にあたる1989年式限定モデルの落札価格
2026年3月、アイコニック オークショネア主催のオークションに出品されたX1/9は、英国マーケット向けに輸出され、フィアットブランド名で販売されたうちの1台だ。生産最終年にあたる1989年、主に英国を中心に限定販売された、ファイナル記念エディションの「フィアット X1/9 グランフィナーレ」である。
1989年に英国内で初登録され、新車から長らく一家族が所有。雨の多いイングランドではなかなか困難なことながら、可能な限り乾燥した環境でのみ使用したのち、フィアット愛好家である現オーナーのプライベートコレクションに加わったとのことである。現在に至るまでとくにモディファイが施された形跡はなく、新車当時のオリジナル仕様とディテールの特徴を保持した状態での出品となった。
たしかにボディカラーは、新車としてグルリアスコのベルトーネ工場から送り出されて以来の「メタリック マイカレッド」が良好なコンディションを保ち、ディテールについても生産時の仕様が保持されているようだ。なかでも、黒地にマルチカラー柄のファブリック製シート表皮はコンディションに優れ、アイコニック オークショネアでは「現存する最良のX1/9のひとつ」と標榜していた。
ただし、同社の公式オークションカタログの写真から見る限りは、レザー巻きのステアリングホイールや樹脂製のインストルメントパネル周辺に年式相応の擦れ傷などが目立ち、われわれ日本人の感覚からすれば、極上コンディションというには少々物足りないようにも映る。
この公式カタログ作成時点での走行距離は、3万3430マイル(約5万3490km)。これまでのボディ修理やレストアの経歴はないと考えられている一方、最近では英国シュロップシャー州テルフォードのTJヴィッカーズ(フィアットの正規ディーラー)が、タイミングベルトとクラッチを交換するなどのメンテナンスが施されたと申告されている。また、ベルトーネの純正ハンドブックパックは添付されるものの、初代オーナーファミリーの家が片付けられた際に、補足ドキュメントは紛失してしまったとのことであった。
アイコニック オークショネアでは、その公式カタログ内で「ミッドシップマウントの4気筒1.5リッターエンジンと5速マニュアルギヤボックスを搭載し、バランスの取れたハンドリングと親しみやすいパフォーマンスを提供するX1/9は、現在では愛好家の間でますます求められています。なかでもこのグランフィナーレは、フィアットの特徴的なミッドシップスポーツカーのなかでも丁寧に管理され、走行距離の少ない1台です」とアピールするかたわら、今回の出品にあたって1万2000英ポンド~1万5000英ポンド(邦貨換算約254万円〜315万円)のエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
英国市場と欧州大陸で異なるX1/9の市場評価!?
そして迎えたオークション当日、バーミンガムNECで行われた競売では、エスティメートの範囲内に収まる1万2375英ポンドまでビッド(入札)が進んだところで落札。すなわち現在のレートで日本円に換算すると、約262万円で競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。
この日本円換算の落札価格を見る限りは、なかなかの高価格にも映る。しかし、これは円安のレートだからのことであり、このオークションについていえばエスティメートの段階から、欧州での販売実績と比べると安価な設定だったようにも感じられる。
生産国のイタリアをはじめとする欧州大陸では、ベルトーネ ブランド時代のX1/9はコンディションの良いものならば、おおむね2万ユーロ(現在のレートで約370万円)を超える価格帯にある。そのかたわら、イギリス市場においては今回の落札価格も常識的なもの。
それが英国市場の志向なのか、あるいは今後は英国でも欧州に追随して高騰するかは、もしもX1/9を手に入れたいと切望する奇特なエンスージアストならば、この先もその動向に注視する必要があるだろう。
※為替レートは1英ポンド=約212円で換算
