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前オーナーの遺志を受け継ぐ──松田次生が語る、魂のR33型4ドアGT-R

日産 GT-Rオーテックバージョン:4ドアGT-Rは標準ボディよりブリスターフェンダー化。リアドアもボリュームがあってアグレッシブ

GT-Rにハマったレーサーが前オーナーの魂を継承

日産のGT-Rにどっぷりとハマり、さまざまなモデルを所有する松田次生さん。彼が以前から気になっていた存在が「R33型スカイラインGT-Rオーテックバージョン40th ANNIVERSARY」です。しかも手に入れたのは、前オーナーの想いを受け継いだ特別な個体。松田次生さんにとってスカイラインGT-RはR33から始まったこともあり、その愛情はとくに深いものがあります。第2世代GT-Rで唯一の4ドアへの特別な想いに迫ります。

前人未到のSUPER GT“25勝”を達成したエースドライバー

「GT-Rは、免許を取った頃からずっと憧れの存在でした」

そう語るのは、松田次生さんだ。SUPER GTやスーパーフォーミュラで数々のタイトルを獲得し、長年にわたって日産のエースドライバーとして活躍してきた松田さん。そんな彼にとってGT-Rは、レースで戦うマシンである以前に、若き日の憧れそのものだった。今回、5月16日〜17日に愛知県国際展示場(Aichi Sky Expo)で開催されたオートメッセ in 愛知のGT-R Magazineブースに、松田さんの愛車である日産「R33 GT-Rオーテックバージョン40th ANNIVERSARY」を展示。サイン会も開催され、松田さんご本人も登場。その貴重な機会に、日産「GT-R」への想いや愛車との出会いについて話を聞いた。

GT-Rとともに歩み続けるトップドライバー

松田次生さんは1979年生まれ、三重県出身のレーシングドライバー。1998年に四輪レースデビューを果たし、2007年にはフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)のシリーズチャンピオンを獲得した。SUPER GTでは長年にわたり日産/NISMO陣営を牽引し、GT-Rとともに数々の勝利を重ねてきた。

2014年にはGT500クラスのシリーズチャンピオンにも輝くなど、日本を代表するトップドライバーのひとり。昨年SUPER GTは引退したが、未だ誰も達成できない25勝という記録を打ち立てた。現在はSUPER GTの500クラスに参戦するNISMOチームの監督として参加。

さらにスーパー耐久に「日産メカニックチャレンジ Z NISMO GT4」で参戦と、その活躍するフィールドは幅広く、プライベートでもGT-Rを愛する筋金入りのGT-Rファンとして知られている。

そんな松田さんが長年探し求めていたのが、R33 GT-Rをベースにオーテックが4ドア化した希少モデル、「スカイラインGT-R オーテックバージョン 40th ANNIVERSARY(以下4ドアGT-R)」だ。生産台数はわずか416台。GT-Rファンの間でも特別な存在として知られる1台である。

「本当に大切にしてくれる人へ」託された奇跡の1台

このクルマとの出会いは、まさに運命だった。松田さんの愛車もお世話になっている日産東京販売のディーラーに併設されたモータースポーツ室で、長年メンテナンスされていたのがこの4ドアGT-R。ところが、そのオーナーが突然他界し、ご家族が望んだのはただひとつだった。

「海外に流したり転売したりするのではなく、本当に大切に乗ってくれる人に託したい」

その想いを聞いたモータースポーツ室の小山氏が白羽の矢を立てたのが、GT-Rを知り尽くした松田さんだった。

「私、ハコスカからR35までGT-Rを所有しているんですが、そのなかでもR33は特別な存在なんです。免許を取った頃に憧れていたクルマでしたから」

さらにこう続ける。

「オーテックが40周年アニバーサリーモデルとして製作したハコスカGT-R以来の4ドアモデル。ターボエンジンを搭載した4ドアGT-Rは他にありません。4ドアGT-Rが加われば、自分のなかでR33コレクションもコンプリートできるという想いもありました。だからずっと欲しかったんです」

こうして松田さんのもとへやってきたR33 GT-Rは、単なる中古車ではない。前オーナーの想いと歴史、そしてGT-Rへの深い愛情が注ぎ込まれた、まさに“魂の1台”だった。

NISMOファインスペックエンジン搭載など理想を体現した完成形

実際に手にした車両のコンディションは、松田さん自身も驚くほどだった。ボディこそオリジナルのままだが、それ以外の主要部分は徹底的にリフレッシュ済み。心臓部にはNISMOのファインスペックエンジンを搭載し、トランスミッションはゲトラグ製6速へ換装。足まわりもマフラーもNISMOに変更されていた。

「普通、ここまで仕上がっている個体はなかなかないですよ。ほぼやり尽くされていましたね。さらにこのような特別なエンジンを搭載した個体は市場にもほとんど出てこないので、話を聞いてすぐに決めました」

そう語る表情からも、このクルマへの驚きと喜びが伝わってくる。

GT-Rを知り尽くした前オーナーが長年かけて理想を追求した結果とも言える仕様。その情熱は細部にまで宿っていた。

サーキット仕様ではなく、“街で最高にカッコいいGT-R”へ

完成度の高い車両に対し、松田さんが加えた変更は決して多くない。

その数少ない変更点のひとつがホイールとシートだ。装着したのはRAYSのボルクレーシング21A。深いリムが印象的なデザインで、クルマ全体の存在感を大きく高めている。

「このクルマはサーキットを走るためではなく、街乗りを楽しむために購入しました。だからこそ、街中でとにかくカッコよく見せたかったんです」

あえて深リムを選択したのも、そのためだ。レースで培った機能美とはまた違う価値観で仕上げられた、“ストリートで映えるGT-R”。4ドアだからこそ成立する絶妙なバランス感も含め、だから深リム。そこには松田さんならではのセンスが光る。

さらに運転席と助手席はBRIDE製ストラディア IIIヌグレに変更。リクライニング機構を持つスポーツシートだが、シックな色調が純正の内装にマッチしている。

かつて“不人気”と呼ばれたR33が、今こそ輝く理由

R33 GT-Rは長い間、「R32とR34に挟まれた不遇の世代」と言われてきた。

しかし松田さんは、その評価に首をかしげる。

「昔はR32とR34に挟まれて評価されにくい部分もありました。でも今改めて乗ると、その良さがよくわかるんです」。またこうも言う。

「またクーペボディで言えば、ル・マン24時間レースに挑戦したNISMO GT-R LMのベース車両ということもあってその歴史をボディから感じられるところも魅力なんです」

R32よりホイールベースを延ばしことによる高い直進安定性、高速巡航時の快適性、そして意外なほど広い室内空間。

「長距離を走っても疲れにくいですし、クーペでもR32やR34より後席が広いんですよ。今の時代の使い方に一番合っているGT-Rかもしれません」

さらにR35 GT-Rが2ペダル化された今、第2世代GT-Rならではのマニュアルトランスミッションを自ら操作する楽しさは、ますます貴重なものになっている。そして松田さんが特に惚れ込んでいるのが、そのデザインだ。R32やR34が直線的で力強い印象を持つのに対し、R33は流麗で丸みを帯びたフォルムが特徴。

「当時よりも、今見たほうがカッコいいと思います。現代のクルマと並んでも古さを感じません」

時代を超えて魅力を増していくスタイリング。R32からR33への開発があったからこそR34への開発の道筋ができたと言っても過言ではない。第2世代GT-Rの進化はR33の存在にあったわけで、それもまた、R33 GT-Rが再評価されている理由のひとつだ。

GT-Rは、いつの時代も夢を見せてくれる存在

「新しいGT-Rが登場するたびに、『やっぱりGT-Rはすごいな』と思わせてくれる。それがGT-Rの使命だと思っています」

松田さんにとってGT-Rとは、常に人々を驚かせ、ワクワクさせる存在だ。4ドアGT-Rに関しては、現在はファイナルギアをロング化(ギヤ比を上げる)して、高速巡航時のエンジン回転数を抑えるプランも温めているという。

「ミッションがゲトラグの6速に換装されているのですが、ファイナルギヤは5速MTなので高速道路を走ると回転数が少し高めなんです。このギヤ比を高くすれば、高速移動もさらに快適になると思っています」

必要な部品が揃うのを待ちながら、理想のツーリングGT-Rへと進化させていく。そう語る松田さんの表情は、トップレーシングドライバーというより、一人のGT-Rファンそのものだった。受け継いだ奇跡のR33 GT-Rオーテックバージョンとともに走り続ける松田次生さん。そしてその視線の先には、いつの日か登場するであろう次期GT-Rの姿もある。GT-Rが夢を見せ続ける限り、その情熱もまた走り続けていく。

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