ミスターBMW Studie 鈴木BOB康昭氏 インタビュー【afimp×Auto Messe Web 連載企画】

ミスターBMW Studie 鈴木BOB康昭氏 インタビュー【afimp×Auto Messe Web 連載企画】

波瀾万丈だったBMW人生”スタディ”始動を語る

afimp1月号(2018年12月10日発売号)と”afimp web”連動企画としてスタートしたロングインタビューとしてミスターBMWこと、スタディ鈴木BOB康昭氏の半生のうち”スタディの始動期”を語ってくれました。   

「afimp 1月号」掲載前号のあらすじ

主人公は、BMW専門プロショップ「スタディ」の創始者である鈴木康昭氏(すずき・やすあき)。
1968年7月30日生まれの50歳。神奈川県横浜市生まれの鈴木氏が1995年、東神奈川のマンションの一階で産声を上げたスタディの創立までを語る。VWやアウディのチューニングを得意とするコックスで出会ったレーシングダイナミクスで始まったBMW人生……。しかし、そのレーシングダイナミクスの販売権を奪われてしまった。

 

衝撃な試練を乗り越えて、スタディを始動

「そんなときに、衝撃的な事件が起こったんですよ……!!」。

 フォルクスワーゲンを中心としたドイツ系輸入車の最大手、COX(コックス)へ入社後パーツディストリビューション事業部に配属された“ボブさん”こと鈴木康昭氏。彼はこの仕事でイタリアの名門ブランド「レーシングダイナミクス」との出会いを果たし、現在へと続くBMWの世界に、どっぷり入って行くことになるのだが……。

 なんと軌道に乗り出したレーシングダイナミクスの販売権はコックスの手からこぼれ落ち、輸入車用パーツを扱う大手商社「阿部商会」に奪われてしまったのであった。
 鈴木サンは、当時を回想しながら懐かしそうに笑う。
「ほんと憎っくき阿部商会(笑)。でもこれが、ボクにとってもひとつの大きなきっかけになったんでしょうね……」。

 波乱を勢いに変える。まるで長年の趣味であるサーフィンのように。それは鈴木サンにとって、じつはビッグウェーブだった。
「これをきっかけにボクの中で『このままだとコックスからBMWの商品がなくなっちゃうんじゃないか!? なんとかしなきゃいけない』という気持ちが芽生えました。そして、『やっぱり自分でBMWの専門ショップをやろう』と思い始めたんです」

 鈴木サンは再び、当時BMW専門店と言われていた全国のショップを回った。そして出た結論が「本物の専門店は、なかった」だったのである。鈴木康昭、studie、スタディ、BMW

 

BMW専門店への挑戦。渦尻栄治社長が出した独立への条件

 BMWのユーザーは情熱的で凝り性。だからハンパな気持ちや知識でショップをやっても、ユーザーには全く相手にされない。だったらそんなユーザーたちが驚くぐらい、BMWに詳しい専門店を作ってやろうじゃないか。そう思い立ったのだ。
「そして(コックスの)渦尻栄治社長に『BMWの専門店を作って挑戦したいので、協力して下さい』とお願いしたんです。社長からは『きっちりと筋を通しなさい』とだけ言われました。これが大変だったんですけどね(笑)」。

 筋を通す。一流のビジネスマンである渦尻社長は、コックスに在庫していた2億円分のBMW用パーツを全て完売することができたら、鈴木サンの独立に協力すると承諾したのであった。しかしながら一流のカリスマにとってはひとつの試練。まさに獅子が我が子を谷底へ落とすようなものだったのだろうと思われる。

 這い上がれなければそれまで。しかし見事に這い上がったら、惜しみなく力を貸す。それだけの見込みがあるのか否かを、今の世の中の常識で考えればかなり荒っぽいけれど、確実な方法で見極める。そんなことができるからこそ、人は渦尻栄治氏にカリスマ性を見いだすのである。

 そして鈴木サンはみごとに公約を果たし、独立への一歩を歩み出す。鈴木康昭がカリスマの卵になった瞬間だった。鈴木康昭、studie、スタディ、BMW

 

スタディ創設と融資での大きな試練

 しかし肝心なスタディ設立は、決して簡単な作業ではなかった。なにせ1995年当時といえば、バブル経済が弾けたばかり。自動車業界はまだ輸出業の好況だったものの、確実に景気が減退し始めていたのである。

「ちょうどその頃、銀行からの貸し渋りなんて言葉が流行したでしょう。まさにそれが、目の前に立ちはだかりました。母からは自宅を担保にしなさい、とまで言ってくれたけど、どこも融資の話が通らなくて……。50カ所くらいの銀行を回ったなぁ。でもこちらとしては渦尻社長にも宣言しちゃったし、一緒に始めようと言ってくれるスタッフもすでに集まっている。何が何でも引けない状況だったんですよ」。

 どうしたらいい? いったいこれ以上、何をするべきか? 傍から見れば完全なる手詰まり。しかし諦めずに考え続けることは、ときとして本当に奇跡を生む。

 事実、鈴木サンの頭にはひとつの閃きが走った。当時は不動産を軸としたバブル景気こそ弾けたものの、安くて高品質な物作りを展開する日本の輸出業はまだ好調だった。これに対向するべく諸外国からは、日本に輸入の規制緩和を求める声が高まっていたのである。

「だからボクは、それまで一度も行ったことのないドイツ大使館宛に一通の手紙を書いたんです。『自分はせっかくあなたの国の製品を輸入して日本に広めようとしているのに、日本の銀行はそれをまったく理解してくれない。ドイツの素晴らしさを伝えたいので力を貸してください』という主旨の内容でした」。

 それからしばらく時が経ち、なんと今まで融資を願い出ていた銀行のひとつから突然『いまでも融資を希望していますか?』という連絡が来たのだという。

「本当に連絡が来たんですよ。もちろん『お願いします!』と答えました。あの手紙が効いたのかどうかはわからないし、真相は今でも闇の中。でも、ボクはその熱意が効いたんだと信じています」。

 そんな冗談のような奇跡を振り返り、鈴木サンは懐かしそうに笑った。もってるオトコとは、こういうことを言うのだろう。

 こうして鈴木康昭氏は、神奈川県東神奈川のマンションの一階で、小さな「スタディAG」というBMW専門ショップをオープンする。1995年、本誌オートファッションimpが創刊したときの話であった。

鈴木康昭、studie、スタディ、BMW

 

続く。

*afimp3月号(2019年2月10発売号)の本誌で続きをお楽しみ下さい。

 

(文:山田弘樹)


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