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「AMW snap」の記事一覧

年季の入ったホンダ「シビックRS」は、東京大学とコラボしてNZのラリーに参戦した思い出の1台! 不動状態から整備して現在の姿に戻しました

ホンダ学園卒業生の川崎智仁さんの愛車は、1975年式のホンダ「シビックRS」です。彼が在学中にニュージーランドのラリーに参加するために製作されたクルマで、当時は乗る機会はなかったものの、その後に譲り受けて現在はオーナーとして維持しています。当時はパーツをメインカーに移植するためのサブカー扱いでほぼ動かない時期もありましたが、現在の姿まで復活しました。

彼女の三菱「ミニカF4」は祖父から二十歳の誕生祝に名義変更…車庫で眠っていた50年以上前のレア車を路上復帰しました

360cc時代の軽自動車のなかでも、見かけることが少ないレアな存在となっているのが三菱の軽自動車。そんな三菱「ミニカF4」の1972年式で、しかも珍しいスーパーデラックスというグレードを所有していたのは、女性オーナーの“らん”さん。若きオーナーが、当時物のナンバーを取り付けたこのクルマに乗ることになった経緯について伺ってみました。

ボロボロの「S800」をホンダ学園の学生たちがレストア!「全日本ラリー三河湾」にも校長先生と一緒に出走しました

親しみをこめて「エスハチ」と呼ばれるホンダ「S800」は、Sシリーズの第3弾として1966年1月から1970年5月の間に生産されました。イエローのエスハチで昭和世代のホンダ車たちが集まる「ホンダクラシックミーティング」に参加したホンダ学園 ホンダテクニカルカレッジ関東の学生にお話を伺いました。

専門誌の表紙を飾ったトヨタ「ハイエース」は、高級感あふれるキャビン仕様! アイデア満載で家族旅行で大活躍です

トヨタ「ハイエース」はさまざまなプロフェッショナルたちの仕事の相棒として活躍していますが、プロのニーズとオーナーの嗜好に応じて広がるカスタマイズの幅は、無限と言ってもいいほど多彩です。今回AMW編集部が注目したのは、ハイエース乗り御用達の情報誌『ハイエース スタイル』の表紙を飾った“のぶりん”さんの愛車です。

彼女の初めての愛車はマツダ「RX-8」…父も「RX−7」乗りだったことを購入後に知り、偶然にも親子でロータリーエンジン乗りになりました

現在、24歳の“りんか”さん。免許を取って最初に買ったクルマがマツダ「RX-8」ということで、驚かされました。初心者ドライバーでいきなり最初のクルマとしてスポーツカーを選ぶとは、なかなかの気合いの入りようです。なぜ彼女はエイトを選んだのか? そこにはクルマ好きならではの境遇がありました。

自動車界の生きた化石、モーガン「4/4」に中学時代から憧れて…念願かなって16年前に購入!「オリジナルのまま乗り続けるのが目標です」

イギリスのモーガンモーターカンパニーは戦前から自動車をつくり続けているメーカーです。そんなモーガンのクルマを中学生時代に見て憧れ、以来ずっと胸に抱き続けていた夢を実現して、とうとう16年ほど前に「4/4」を入手するに至ったというオーナーとモーガンの物語を読み解いていきます。

18年前に雑誌で見つけたホンダ「L700」には純正セキュリティが装備!「ツインキャブはちゃんとセッティングすれば1万回転まで回ります」

ホンダが四輪車へ参入した初期の1965年に「高速時代のライトバン」と称され登場したホンダ「L700」は、約3年の短命で終わった希少車です。そんなL700にさまざまな装備を追加したデラックス版の「LM700」で、昭和世代のホンダ車たちが集まる「ホンダクラシックミーティング」に参加した有山さんにお話を伺いました。

シボレーC6型「コルベット」を『ウマ娘プリティーダービー』の痛車に! こだわり抜いて完成までに3カ月かかった理由とは

日本が誇るカスタム文化は数あれど、その成長が目覚ましいカーカルチャーといえば痛車の世界です。近年、その注目度と数は増加中で、全国各地で小規模イベントも多数開催。さらに、1年に1回開催されるお台場のイベントでは約1000台もの痛車が集まり大きな盛り上がりを見せています。ここで紹介するシボレー「コルベットC6」を痛車仕様として作り込む“とともふ”さんも、そんな痛車の世界にのめり込んだひとりです。
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