クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 1958年生まれ。大学卒業後、編集制作会社を経てフリーランスに。クルマをメインに、写真、(カー)オーディオなど、趣味と仕事の境目のないスタンスをとりながら今日に。デザイン領域も関心の対象。それと3代目になる柴犬の飼育もライフワーク。AMWでは、幼少の頃から集めて、捨てられずにとっておいたカタログ(=古い家のときに蔵の床が抜けた)をご紹介する「カタログは語る」などを担当。日本ジャーナリスト協会会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

著者一覧 >

「セリカ・コンバーチブル」に「サバンナRX−7コンバーチブル」! 一粒で二度美味しい「国産オープンカー」5選

オープンカーの魅力はなんといってもクローズドボディでは感じられない非日常感につきる。カブリオレやスパイダーと聞くと輸入車をイメージするかもしれないが、国産車にもラインナップされていた。ここでは少し懐かしい国産オープンモデルを紹介していこう。

史上もっとも贅沢な「ロータリー」だった! 空前絶後の贅沢クーペ「ユーノスコスモ」

1990年4月に登場したユーノス・コスモは、今からほんの31年前のクルマだが、とにかく合理性や効率、環境性能ありきといった昨今のクルマと較べると、較べるべくもない豊かさに溢れていたクルマに思える。今回は同車の魅力をカタログとともに振り返る。

ヨンクだけど「ロータス」「イルムシャー」の設定も! カタログで振り返る「いすゞビッグホーン」

いすゞから初代ビッグホーンが登場したのは1981年8月のことだった。実は2021年で40周年を迎える。当時はクロカン4駆のブームメントが起きていたが、ビッグホーンはどちらかというと非常に“乗用車ライク”な存在だった。同車をカタログで振り返る。

「セプター」ってなんだっけ? マニアでも忘れがちなトヨタの「どマイナーセダン」7台

頭の片隅にあるのでなかなか車名が出てこない。だけど、急に思い出して猛烈に気になる……なんて経験はないだろうか。同時期に似たような車屋モデルライフが短いために、記憶の片隅に眠っていることも。ここでは、そんなトヨタ車を数台紹介していこう。

「キョンキョンのレビュー」に「スズキのマー坊」! 嗚呼、懐かしの「軽スペシャリティカー」5選

1970年代に発売された軽自動車の中には「スペシャルティカー」が存在した。ハードトップボディを採用したり、ハイスペックのエンジンを搭載していた。ここでは、女性をターゲットにしたスペシャリティ軽自動車の第2弾として魅力的なモデルを紹介していこう。

「Be-1」「パオ」「エスカルゴ」「フィガロ」! バブルが生んだ日産の「パイクカー」を振り返る

日本のバブル景気が盛んになった1989年から1991年の頃の話だ。日産からパイクカーが発売された。初代マーチをベースに、ボディに架装が施され、個性的でユニークなクルマが4台も登場した。ここでは貴重なカタログとともに各車を振り返ってみよう。

「スカイライン3兄弟」の末っ子! 日産のセフィーロはなめらかな乗り味が「絶品」すぎた

日産の黄金期とも言える1989年にはスカイラインGT-R(BNR32)、フェアレディZといった名車が続々とリリースされていった。その前年の1988年に登場した日産セフィーロは、ローレルやスカイラインとは違う路線で開発が行われた。同車の魅力を振り返る。

いすゞ「最初で最後」の乗用車!「イルムシャー」にも心躍ったセダン「アスカ」を振り返る

1967年登場のフローリアンの後継モデルとして1983年に登場したのがアスカ。当時いすゞはGMとのアライアンスがあり、そのGMのグローバルカー戦略の一翼を担う形でアスカはデビューした。シンプルな4ドアセダンが印象的でイルムシャーもラインアップしていた。
share:

 

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS