すみませんが全部聞いたことありません! 「OTAS」「マルソネット」海外の博物館で出逢ったマニアでも知らないスポーツカー6選 (1/2ページ)

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すみませんが全部聞いたことありません! 「OTAS」「マルソネット」海外の博物館で出逢ったマニアでも知らないスポーツカー6選

この記事をまとめると

  • 自動車博物館マニアですら見たことがないスポーツカーが世の中には存在する
  • 雑誌などでも記事化されていることが少ないほどレア
  • 希少車の数々を写真とともに紹介する

マニアでもわからないスポーツカーを紹介

 筆者はもう10数年も海外の自動車博物館探訪を続けているのですが、それまでに見たことのないモデルを発見したときの喜びはもう格別です。見たことのない、にも2通りあって、まずは雑誌の記事では見たことがあるけれども、実際に見たことがないモデル。そしてもう一方の雑誌でも見たことにない、それこそ、その存在自体を知らなかったモデルに出会うと、もう望外の喜びです。今回は、そんなマニアでも分からないスポーツカーを紹介します。

60年代から70年代序盤の東西独とフランスの3台のライトウェイトスポーツ

 まずは、2010年に訪れたIFA自動車博物館で出逢った1台から。

メルクスRS1000

 真紅の低いボディにガルウィングドアを持つ2ドアクーペはメルクスのRS1000です。メルクスというのは旧東ドイツにあったメーカーで、やはり東ドイツにあった自動車メーカーEMW=アイゼナハ・モトーレン・ヴェルク。つまりは元BMWのアイゼナハ工場製のヴァルトブルグ353が搭載していたエンジンをドライバーシートの背後に搭載して後輪を駆動する、いわゆるミッドエンジンレイアウトを採用していました。

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メルクスRS1000画像はこちら

 ラダーフレームにFRP製のボディを架装。車両重量も690kgに抑えられていました。992ccの2ストローク3気筒エンジンの最高出力は68hp。国内で2ストローク3気筒といえば、三菱のコルト800やスズキのフロンテ800がありました。メルクスRS1000画像はこちら

 いずれも1960年代半ばのモデルで、1969年に発売されたメルクスRS1000とはほぼ同時期の誕生でしたが、800cc前後の排気量から41~45psのパワーでしたから992ccでメルクスRS1000の68psというのはわずかに高出力といった感じでしょうか。それでも、690kgの車重に対しては充分以上のパフォーマンスが期待できたと思われます。メルクスRS1000画像はこちら

 実際に、最高速度は165km/hと発表されていました。1969年から1979年までの11年間でわずか101台が生産されたのみとなっていますが、当時の東ドイツでは、ガルウイングとミッドエンジンは今から考える以上に魅力的に映ったと思います。メルクスRS1000画像はこちら

コールムス・シロッコ

 こちらは最近、といっても4年も前になるのですが、ドイツのオートヴィジョン博物館で出逢ったコールムス・シロッコです。コールムスはディエター・コールムスとルドルフ・トゥーナーがプロトタイプを開発した後にふたりが袂を分かち、コールムスはプロトタイプのリヤ部分をモディファイし、トゥーナーはプロトタイプの前半分をモディファイして別々のクルマにした、と伝えられています。コールムス・シロッコ画像はこちら

 手許にはその辺りを解説する資料がないので詳しい状況は分からないのですが、興味あるエピソードだと思います。で、オートヴィジョン博物館で出逢ったのは前者、プロトタイプのリヤ部分をモディファイしたコールムスのクルマ、シロッコです。

 この日の取材のメインはロータリーエンジン関連だったので、関係ないコーナーは立ち止まって写真を数カット撮るだけで足早に通り過ぎたので、詳しい展示パネルも撮っていませんでした。今思えば残念な限りですが、ネットでいろいろ調べたところ、先のエピソードも分かってきた、というところです。コールムス・シロッコ画像はこちら

 それはさておき、このコールムス・シロッコはチューブラーフレームに、NSU1200のコンポーネントを装着。リヤ部分に、65hpまでチューンアップされたNSU TTのエンジンを搭載しています。フロントウインドウには何と、ポルシェ904のパーツを転用していました。もう一度訪れる機会があれば、今度こそじっくりと観察してみたい1台です。

CG1200Sクーペ

 東西ドイツ製のライトウェイトスポーツに続いては、フランスのライトウェイトを紹介します。車名はCG。まるで某自動車雑誌のイニシャルのようですが、こちらはシャップ兄弟のCとジェラサンのGから名付けられたもの。同じフランスのDB(シャルル・ドゥーチェとルネ・ボネ)と似たような命名法です。CG1200Sクーペ画像はこちら

 彼らの会社、シャップ・フレール・エ・ジェラサン(シャップ兄弟とジェラサン)では、まだまだ初期だったころのアルピーヌ・ルノーのボディ制作を請け負っていましたが、1966年のパリ・サロンでは自らのオリジナルスポーツカーを出展しています。

 それがCG1000でした。シムカ1000のプラットフォーム……フロントがウィッシュボーンを横置きのリーフスプリングで吊ったフロントと、セミトレーリングアームをコイルスプリングで吊ったリヤのサスペンションもそのまま流用し、彼らが得意としているFRPボディを搭載していました。CG1200Sクーペ画像はこちら

 のちにエンジンをシムカ1200S用に載せ替えた、CG1200Sに発展していきます。黄色のカブリオレは1200Sで2012年にパリ郊外のアヴァンチュール・オートコレクション・ポワシーにて、白いボディに青いボンネットのクーペは15年にランス自動車博物館で撮影。雑誌で見たことはありましたが、フランスの自動車博物館で初めて出会いました。

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