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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。

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V12搭載ハイパーセダン「EB112」は幻に! 第2期ブガッティ帝国はなぜ没落したのか、元スタッフが振り返ります【ブガッティ・ヒストリー_03】

イタリア人の実業家ロマーノ・アルティオーリが復活させた第2期ブガッティは1980年代末に彗星のごとく現れスーパーカー界の寵児となりましたが、その栄光は長くは続きませんでした。この時代「ブガッティ・ジャパン」に勤務した経歴をもつ筆者が、ブガッティ栄枯盛衰のストーリーを語ります。

610馬力の「EB110」を引っさげブガッティ復活! 牽引したのはひとりの男の壮大なビジョンでした【ブガッティ・ヒストリー_02】

「自動車を表現媒体とした総合芸術」というユニークなビジネススタイルで君臨したブガッティ。一旦は歴史の幕を降ろすも1980年代末に復活を遂げました。「第2期ブガッティ」と呼ばれるこの時代、ブガッティの日本事務所「ブガッティ・ジャパン」に勤務した経歴をもつ筆者が、栄枯盛衰のストーリーを語ります。

ブガッティはいかにして「世界最高の自動車ブランド」になったのか? 創業から半世紀で生産7800台の第1期を振り返る【ブガッティ・ヒストリー_01】

自動車史上最大の鬼才、エットレ・ブガッティが造った自動車の多くが芸術作品としても評価されています。自動車界における最高のブランドであるブガッティの、21世紀の現在にまで継承された世界観がいかにして形成されたのか、まずはエットレ時代のブガッティを解説します。

走行4390キロのフェラーリでも人気がない!?「400i」がコレクターにも敬遠される理由とは

2023年11月4日、RMサザビーズがイギリス・ロンドンで開催したオークションにおいてフェラーリ「400i」が出品されました。今回はいくらで落札されたのか、同車について振り返りながらお伝えします。

フェラーリ「モンディアルt」でアル・パチーノがNYを暴走! スーパーカー愛好家にとっての珠玉の名作とは【映画とクルマ】

映画に登場する名車をストーリーとともに紹介する「映画とクルマ」。今回は、名優アル・パチーノが7度目のノミネートにして、ついにアカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得したことでも知られる『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』をお届けします。

珍車・迷車が目白押し!「6輪スーパーカー」にルイジ・コラーニのコンセプトカーなどヘンなクルマを紹介します

筆者が世界のクラシックカーショーを訪れる楽しみのひとつは、「ナニコレ?」といいたくなるような、奇想天外な珍車に遭遇できることです。2023年10月にイタリア・ボローニャで開催された「アウト・エ・モト・デポカ2023」から、奇想天外なクルマをレポートします。

最高速306キロのランボルギーニ・パトカー誕生! イタリア警察が「ウルス ペルフォルマンテ」を導入したのは何のため?

アウトモビリ・ランボルギーニ社は、イタリアのハイウェイパトロール隊に「ウルス ペルフォルマンテ」を納車。セレモニーは2023年12月12日、ローマ内務省本部に面する広場、ピアッツァ・ヴィミナーレで行われました。詳細をお伝えします。

ランボルギーニ「ミウラSV」にまつ毛はあった?「人類の宝」に認定したクルマを「アウト・エ・モト・デポカ」からお届け

2023年10月26~29日、イタリア・ボローニャで開催されたクラシックカーのトレードショー「アウト・エ・モト・デポカ(Auto e Moto d’Epoca)2023」が開催されました。ここでは、展示されていた中でもレアな車種を紹介していきます。
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