生鮮食品の鮮度を保つために静かで清潔なターレーが求められた
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は生鮮食品を山積みし、築地や豊洲の市場を縦横無尽に駆け回る「ターレー」。今回は「動力源」に注目しました。
古典的スタイルだが最先端の燃料電池車もある!?
生鮮食品を山積みして築地や豊洲の市場を縦横無尽に駆け回る。原動機付リヤカーとも思える“ターレー”は、公道を走る際にもシートベルトはおろか、ヘルメットも被りません。ドライビングシートもなく、したがって立ち乗りが許されています。道路交通法的には「小型特殊自動車」です。
今回、取材をしていて驚かされたのは、昭和の光景が似合う伝統的な働く貨物車でありながら、じつは最先端の技術を秘めている点です。失礼な偏見かもしれませんが、市場で働く威勢の良い仲買人のイメージと、最先端の乗り物というイメージが、私のなかではなかなか重なりませんでした。およそ「ハイテク」とか「近未来」といった言葉は、その古典的なスタイルからは想像できなかったというわけです。
ところがターレーの動力源は、ガソリンエンジンだけではなく電動も少なくありません。しかも、水素燃料で発電する電動方式(燃料電池)まであるというのですから、驚くばかりです。その理由は、市場の特殊性を考えれば納得できます。
速さより清潔さ&力よりも環境が選んだ電動化
市場は、都市のなかでももっとも繊細な場所です。海で釣り上げたばかりの鮮魚や、畑で掘り起こしたばかりの野菜を扱う場所ですから、ことさら環境に敏感なのは想像に難くありません。
ガソリンエンジンを搭載するターレーがやはり主流ですから、それ自体を否定する気はありませんが、ガソリンを漏らせば、鮮度を失わせ、価値を落とします。魚も、野菜も、果物も、環境に対して極めて正直です。だから市場は、速さよりも清潔さを、力よりも環境を選び続けてきました。その選択が、ターレーの動力を静かに、しかし確実に先進化させたのです。
生鮮食品を扱うということは、匂いとの戦いでもあります。排気ガスは論外で、熱や煤(すす)ですら歓迎されません。その葛藤が、いち早く電気モーターへと舵を切らせました。電気で走るターレーは、空気を汚しません。排気を出さず、熱も最小限です。魚の鱗が乾くこともなく、青果の香りを邪魔することもありません。これは環境配慮というより、品質管理の一部です。市場において環境性能とは、理念ではなく鮮度を守るための技術なのです。
市場が守り続ける鮮度への執念が未来を先取る
屋内という条件も、選択を決定づけました。市場は巨大な建物でありながら窓は少なく、換気にも限界があります。騒音が反響し、匂いが滞留しやすい環境です。そのなかでエンジン音や排気を撒き散らすことは、自ら商品価値を下げる行為でした。静かで清潔な動力が求められたのは、必然だったと言えるでしょう。
近年導入が進む水素ターレーも、同じ文脈にあります。排出されるのは水だけです。床を濡らすことはあっても、空気を汚すことはありません。補給が早く、稼働を止めない点も、生鮮品の流通と相性が良いのです。
興味深いのは、市場が環境性能を語るとき、決して声高にならないことです。脱炭素という言葉が流行する以前から、現場は静かに選択を積み重ねてきました。2026年現在、一般のクルマの世界ではまだ純粋な電気モーター駆動車は主役になりきれておらず、国内シェアもわずかなものにとどまります。
まして水素燃料車などは、巷で見かけることは稀です。あれほど号令をかけてもなかなか浸透しない技術が、ターレーの世界では着実に息づいています。電気や水素は、未来志向というより、今日という日を守るための現実的な解答だったのです。市場は語りませんが、嘘もつきません。静かなモーター音の奥に、品質への執念と環境への配慮が息づいています。ターレーは今日も、空気を汚さず、鮮度を運び、未来を先取りして走っているのです。






































