「構内運搬車」を操る仲買人は異変を感じた瞬間に身体ごと反応が不可欠!?
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、
運転手は立っているからこそ視点を高く保ち四方八方に神経を張り巡らせられる
市場の朝は早いです。まだ眠りの名残を引きずる空気のなか、シャッターの上がる音とともに、ターレーが目を覚まします。小さな車体、唸るモーター、そして立ち乗りの運転手。あの独特の姿を見て、ふと疑問に思う方も多いでしょう。「なぜ市場のターレーは、立ち乗りが許されているのか」と。
じつは僕は学生時代に、東京の築地市場(現在は豊洲市場へ移転)。でバイトの経験があります。“やっちゃば”、つまり、青果市場の老舗卸売問屋「米金青果(現在は一般の小売販売もしています)」でした。
学生でしたから、玉ねぎの皮剥きや、ニンジンなどの野菜の棚卸しといった雑用がメインであり、ターレーを運転することは許されませんでした。威勢のいい掛け声とともに、颯爽とその“立ち乗りのエンジン付きリヤカー”を操縦する姿に憧れたものです。そう、市場の仲買人がターレーを操縦する姿は、とてもカッコ良かったのです。そして同時に、冒頭の疑問を抱えていました。
答えは、法律の抜け穴でも、伝統への甘えでもありません。市場という場所が持つ、極めて合理的な“生態系”にあります。まず、市場は速度を競う場所ではありません。必要なのは速さよりも、瞬発力と視野の広さです。立ったまま運転することで、運転手は視点を高く保ち、四方八方に神経を張り巡らせることができます。
人、魚、野菜、氷、水、荷などなど。市場は動く障害物だらけの迷宮です。座っていては見えないものが、立てば見える。これは単純で、しかし決定的な違いなのです。はっきり言って、あの混沌の世界のなかでターレーを操縦し、縦横無尽に駆け回るのは大変な作業です。
「安全に操作できる構造か」「用途に合理的か」で道交法は「着座」の姿勢を義務付けていない!?
次に、頻繁な乗り降りがあります。ターレーは走るより、止まる時間のほうが長い乗り物です。荷を積み、降ろし、声を掛け、また走る。その一連の動作を、椅子に腰掛けたままではこなせません。立ち乗りは、いわば市場のリズムに身体を合わせるためのフォームなのです。市場がワルツなら、ターレーは爪先立ちで踊っています。
安全面でも誤解が多いです。立ち乗りは危険そうに見えますが、実際には低速域での操作性と回避能力に優れています。異変を感じた瞬間、身体ごと反応できるのです。最悪の場合、飛び降りるという選択肢も残されています。これはシートベルトに守られた自動車とは、まったく異なる安全哲学です。
ターレーの正式名称は「構内運搬車」で、法律上は道路運送車両法の「小型特殊自動車」または「特殊自動車」扱いになります。車両ナンバーもあり、公道を走ることも許されていますが、それでも立ち乗りが認められているのには理由があります。
その理由は「車種区分」と「用途前提」が特殊だからです。最高速度が低い(概ね15km/h以下)こと、構造・用途が作業用であること、そして一般交通への影響が限定的であること。それがターレーだけに許されている「立ち乗り」許可の理由なのです。道路交通法は「着座姿勢」を原則として義務付けていません。求めているのは「安全に操作できる構造であるか」「当該用途に照らして合理的か」という2点です。ターレーはこの2点を満たしているからこそ、立ち乗りが許可されているのですね。
できれば個人所有して、スケートボードのように走りを楽しみたいところですが、それでも公道での立ち乗りが許されるかは怪しいところです。




































