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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。

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GT-RやフェアレディZに「技術」は継承したが! 究極の4WDスーパースポーツ「MID4」は何故市販しなかったのか

生産間近とまで言われた日産MID4。ワールドプレミアは、1985年にフランクフルトで開催された世界最大のモーターショーと言われている「フランクフルトショー”」が舞台となった。1987年にはII型が登場し、市販化も話題になったが……。今回はMID4の歴史を振り返りたい。

車名の語源は「ロミオとジュリエット」! 名車アルファロメオ「ジュリエッタ」の足跡

現在もジュリアやジュリエッタといった車種をラインナップしているアルファロメオ。その歴史は古く、ジュリエッタに至っては1957年にデビューしている。ボディは3車形を用意し、ベルトーネやピニンファリーナが手がけてきた。ここでは、ジュリエッタのプロトタイプを紹介していこう。

ボツ案がフェラーリディーノに発展? ランボルギーニ・ウラッコの「プロトタイプ」秘話

ランボルギーニといえば処女作の350GTからV12エンジンを搭載していた。400GT、イスレロ、ミウラ、カウンタックと続くモデルもフラッグシップモデルだったことから12気筒エンジンだった。だが、ランボルギーニではポルシェ911に対抗するべくミドルモデルを開発した。

まるで宝石のような「いすゞ117クーペ」と「日野コンテッサ1300クーペ」! 国産2大トラックメーカーの「青春時代」

トラックやバスの大型から小型まで、国内二大メーカーとして知られるいすゞ自動車と日野自動車ですが、かつてはいま振り返っても魅力的な乗用車を生産していました。今回は、そんな両社が生産していたクーペを紹介していきます。その魅力的なクーペを紹介する前に、先ずはいすゞと日野の両社の成り立ちについても触れておきましょう。

「グロリアスーパー6」「デボネア」「クラウンエイト」! 1964東京オリンピックを駆け抜けた 「聖火リレー伴走車」

本来とは違った意味で注目を集めている第32回オリンピック競技大会、通称“TOKYO2020”が開幕。クルマ好きとしては見逃せない話題として、聖火リレーの伴走車があります。ここでは1964年の東京大会と比較しながら時代の変遷を見てゆきましょう。

ル・マンを制した4ローター&可変吸気! 後世に語り継ぎたい「エンジンの歴史」

カーボンニュートラルだ、電動化だ、と喧しい日々が続いていますが、19世紀末に誕生し、120年以上も進化を続けてきた内燃機関にもまだまだ頑張ってもらいたいと思う今日この頃です。という訳で今回は、これまでの歴史を振り返りつつ、技術遺産として後世に語り継ぎたい、エンジン(内燃機関)を紹介していきます。
多摩川スピードウェイの観客席

貴重な「文化遺産」が存亡の危機! 日本初の常設サーキット「多摩川スピードウェイ」跡地を絶対に保存すべき理由とは

東京・多摩川の河川敷に存在していた、多摩川スピードウェイ。鈴鹿サーキットよりも古くから存在した、モータースポーツを語る上で貴重な場所である。もちろんコースはもうないのだが、観客席などは現存している。しかし、多摩川の治水事業により、取り壊しが決定してしまった。

なんと「オリンピック」というクルマが存在した! マニア過ぎて誰も知らない「幻のスポーツカー」秘話

東京2020オリンピックがいよいよ開催する。今回は無観客となったが注目を浴びているのは間違いない。少しマニアなクルマ好きなら、オリンピックと聞くとイギリスのスポーツカーを思い浮かべないだろうか? ここでは、1959年に登場したロッチデール・オリンピックについて振り返っていこう
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