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  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)
  • 1958年生まれ。大学卒業後、編集制作会社を経てフリーランスに。クルマをメインに、写真、(カー)オーディオなど、趣味と仕事の境目のないスタンスをとりながら今日に。デザイン領域も関心の対象。それと3代目になる柴犬の飼育もライフワーク。AMWでは、幼少の頃から集めて、捨てられずにとっておいたカタログ(=古い家のときに蔵の床が抜けた)をご紹介する「カタログは語る」などを担当。日本ジャーナリスト協会会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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「この手があったか」ライバルが歯噛みした意欲作! 初代ワゴンRが爆売れした理由とは

ワゴンRシリーズでは初スライドドア仕様のスズキ・ワゴンRスマイルがデビューした。現行モデルで6世代目となり、これまで以上に大きく進化を遂げた。そこで今回は、当時として驚くコンセプトとパッケージングを持ち合わせた初代ワゴンRをあらためて振り返っていこう。

「アルファロメオ」「サーブ」「フィアット」「ランチア」! メーカーの垣根を越えた夢の「4兄弟」プロジェクトとは

ヨーロッパ車に詳しい人なら覚えているかもしれないTipo4プロジェクト。1979年にスウェーデンのサーブとイタリアのランチアが合意。さらにフィアット、アルファロメオが加わり、この計4社で効率的に新型車の開発を行うことにしたのが、このティーポ4プロジェクトだった。

実は走りも相当イケイケだった! 元祖デートカー「プレリュード」の魅力

1982年にフルモデルチェンジを施した2代目ホンダ・プレリュード。2代目スーパー・シビックも採用した集中ターゲットメーターなどのユニークな装備、欧州でも評価されたハンドリングなどでFFスペシャルティカーのジャンルを創出した。今回は同車の魅力を振り返りたい。

本当に「このクルマから、クルマが変わった」世界をマジで震撼させた「初代セルシオ」

“日本車のヴィンテージイヤー”と呼ばれている1989年、平成元年には後世に残る日本の名車が数多く登場した。その中の一台、初代セルシオはトヨタが新たな高級車としてアメリカ市場へ投入したレクサスLSの日本名バージョン。V8エンジンの性能、車内静粛性はもちろんのこと、VIP対応を意識した様々な当時の最先端装備が盛り込まれていた。

今見ても斬新すぎる「いすゞピアッツァ」! 評論家に「もう一度乗りたい」と言わしめる「色褪せない魅力」とは

1981年に登場したいすゞ・ピアッツァ。ユニークなボディスタイリングはカーデザインの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが手がけていた。インテリアは、デジタルメーターとサテライトスイッチがピアッツァの見せ場だった。今回はカタログで同車の魅力を振り返ってみよう。

「モモステ」「モモノブ」「モモシューズ」! MOMOにあった懐かしの「カー用品」

イタリアンブランドの「MOMO」といえば、レーシングギアやステアリングなどのイメージが強いかもしれない。だが、実はそれ以外にも多数の賞品がラインナップされていたことをご存じだろうか。ここでは、当時のカタログに載っていたハンドル以外のアイテムを紹介していこう。

「ヴィタローニ」「ピレリP7」「キャレロ」! ピンと来たら「オヤジ確定」のイタリア自動車用品

1970年代のクルマ好きの憧れと言えばイタリア車だった。クルマのデザインはもちろんのこと、機能美を突き詰めたパーツが多くラインアップされていたこともあり、当時は装着するだけで一目置かれた。今回は懐かしの名アイテムをカタログとともに振り返っていきたい。

言わば「日本のヨーロッパ車」! カタログで振り返るいすゞの名車「ジェミニ」

いすゞの初代ジェミニの発売は1974年だった。ベレットの後継モデルとして登場し、ドイツのオペルカデットをベースに開発が進められた。5回にわたりマイナーチェンジを行い、1988年まで生産されていた。ここではカタログを使用し、同車の魅力を振り返ってみよう。
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