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長谷見昌弘が語るKPGC10、R32、R35……GT-Rの今昔

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二駆にしたら速くなったR32GT-R

BNR32は、グループAレースでの圧倒的強さが今も語り草となっている。しかし舞台裏では、さまざまな試行錯誤があったようだ。
「当時、僕と星野(一義)は、四駆は大嫌いだったんです。最初のテストで、どうしてもアンダーステアが強い。HICAS(後輪操舵)の制御を外してもアンダーステアが直らない。それで、ボンネットフードを開け、ヒューズを外して二駆にしたら、ラップタイムが2秒くらい速くなった。ほれ見ろ、ですよ(笑)」。二駆にして速くなったR32GT-R。GT-R

四駆嫌いの発端を長谷見は語る。
「四駆になぜ否定的だったかというと、昭和61(1986)年頃に初めてル・マン24時間レースに出たんですが、そのとき、ポルシェが四駆の961を持ち込んでいて、なぜかよく一緒に走る。
ポルシェはターボエンジンで、こちらはマーチ85のV6エンジンで、ストレートはポルシェがとにかく速いんだけど、ブレーキングからコーナー脱出までは、どこのコーナーでもこちらが速い。それでほぼラップタイムが一緒になって、いつも同じようなところを走っていることになったんです。
その四駆のポルシェに乗っていたのは、ハンス=ヨアヒム・スタックで、彼が乗って、しかもポルシェでさえ四駆はものにできなかった。そういう思い出があるんです」。

四駆攻略のカギとなったのはタイヤ

ハンス=ヨアヒム・スタックは、1950年代のグランプリレース時代のハンス・スタックの息子で、親子二代のドイツの伝説的レーシングドライバーだ。F1からル・マン、そしてツーリングカーレースまで幅広く名を馳せてきた。
天才・長谷見が、同じように幅広くレースで活躍するスタックさえ悪戦苦闘する様を見て、四駆に対する不信が強く印象に残ったのだろう。しかも、実際にアンダーステアで苦しめられた。
「それで、どうしてレースで勝てるようになったかと言いますとね、レース規則でホイールの幅が決められていたので、タイヤメーカーがハイトの高いタイヤを作ってきたんです。たとえば富士の1コーナーで、ハンドルを切ると、外へ出て行きそうになる。そこでもう一度ハンドルを切ると、ハイトの高いタイヤなら曲がっていくんですね。
そこでもう少し大径にしてみてはどうかということになって、やってみると、もっと良くなった。ところが舵角は大きくなるし、ドライバーは我慢しなければならないんですけれど、そうやってアンダーステアを消し、タイヤも持つようになって、ストレートは速いので勝てたんです」。GT-R

 

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