クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • CLASSIC
  • 「赤いコスモ」「赤いファミリア」 マツダ車が”赤”をイメージカラーにする理由とは
CLASSIC
share:

「赤いコスモ」「赤いファミリア」 マツダ車が”赤”をイメージカラーにする理由とは

投稿日:

TEXT: 藤田竜太 PHOTO: マツダ、遠藤樹弥、Auto Messe Web編集部

東洋コルク時代のコーポレートマークも「赤」

 自動車メーカーに限らず、企業やブランドには企業イメージを象徴する色=コーポレートカラーというのがある。クルマの場合、それとは別にカタログや発表会の展示モデルに選ばれる、車種ごとのイメージカラーというのがあるが、マツダ車は突出してそのイメージカラーに「赤」のクルマが多い。

 古くは初代ファミリアやFFファミリア(5代目)、コスモ(2代目)など。今となっては現行車の全てのモデルが、ソウルレッドクリスタルメタリックという徹底ぶりだ。

 その証拠に、マツダの公式HPのカーラインナップのページを開くと、マツダ2(旧デミオ)をはじめマツダ3、マツダ6、CX-3、CX-30、CX-5、CX-8、そしてロードスターまで、全車ソウルレッドクリスタルメタリックで統一されている。

 赤をイメージカラーにした国産車は少ないなか、なぜマツダは「赤」へこだわるのか? 国産車の中でも、西日本にある自動車メーカー=マツダにはラテンを感じさせるものがあるので、イタリア車が好む赤が似合うのか? それともプロ野球の「広島東洋カープ」の影響か??

 マツダの広報部に「マツダはなぜイメージカラーが赤のクルマが多いのか?」をズバリ訊ねてみた。その答えは、あまりにも意外。じつは「とくには赤にこだわっているわけではない」とのこと。

 初の量産型乗用車である、マツダR360の頃からボディカラーに赤(マローンルージュ)を設定。

 マツダの前身=東洋工業時代のコーポレッドマークも赤だったのに、企業戦略としてイメージカラーに採用してきたことはないという。

 広報担当者曰く「ご指摘の通り、これまで赤をイメージカラーにしてきたクルマがけっこうありましたが、振り返ってみると赤が多かっただけで、とくに戦略的なものではなく、結果としての積み重ねでしかありません」

 デザイナーも経営陣も開発エンジニアも、とくに「赤推し」というわけではなく、関係者全員が、アナーキーかつ群雄割拠的に自律され、赤というカラーを選んだのか? DNAに刷り込まれた何かによって、シンクロニティ(意味のある偶然の一致byユング)が起きたのか ?とにかく期待していたような明確な答えは得られなかった……。

 マツダの「ソウルレッド」が注目を集めたのは、2013年の東京モーターショーで、アクセラやアテンザ、CX-5など全ての展示車両が、ソウルレッドで統一されて並べられていたからだ。

 そしてこの年から広島カープの公式戦のヘルメットも、マツダが日本ペイントと共同開発した「ソウルレッドプレミアムメタリック」をイメージした特別な赤で塗られるようになり、その色の配合はマツダの車両担当が行っている。そういう意味で、マツダの赤には特別なこだわりがあるようにしか思えないのだが……。

 ちなみにマツダの会社としてのコーポレートカラーは、「品質・技術力を感じさせる」との考えで、「ブルー」を採用。

 グループCカー時代のマツダのワークスカーは、白地に青のマシンが多く、ル・マンを制したマツダ767Bは、オレンジと緑のチャージカラーだったのが印象深い。その他にもニコンの黄色+白などもあった。

 一方で、マツダ車のボディカラーといえば、初代RX-7(SA22)のライムグリーンメタリックやデミオのグリーンも印象的。そう考えると、赤だけがマツダのイメージカラーではない気もするが、現状では、無意識のうちにマツダのパッション&ソウルの象徴として、「ソウルレッド」をチョイスしているのかもしれない。

※マツダ公式HPの「ソウルレッドクリスタルメタリック」の説明
マツダの塗装技術「匠塗 TAKUMINURI」ならではの、生命力にあふれたエネルギッシュな強さと鮮やかさ、濁りのない深みと艶感をさらに進化。瑞々しく艶やかな透明感を実現した「ソウルレッドクリスタルメタリック」が、魂動デザインの造形美をより質感高く際立たせる。

すべて表示
  • 藤田竜太
  • 藤田竜太
  • モータリング ライター。現在の愛車:日産スカイラインGT-R(R32)/ユーノス・ロードスター(NA6)。物心が付いたときからクルマ好き。小・中学生時代はラジコンに夢中になり、大学3年生から自動車専門誌の編集部に出入りして、そのまま編集部に就職。20代半ばで、編集部を“卒業”し、モータリング ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。特技は、少林寺拳法。
著者一覧 >

CAR ranking

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

MEDIA CONTENTS

ranking

AMW SPECIAL CONTENTS