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「デコトラ」ネーミング生みの親だった! 老舗模型メーカー「アオシマ」が我が道を突き進むワケ

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TEXT: 西川昇吾(NISHIKAWA Shogo)  PHOTO: 青島文化教材社

老舗模型メーカーの来し方行く末

 ショップのチューニングカーなどをラインアップの中心とした「ザ★チューンドカー」やデコトラなど
、ほかとはひと味違うマニア向けな自動車のプラモデルやミニカーが目立つ模型メーカー、アオシマ。なぜマニア路線を貫くのか? その理由を青島文化教材社企画部に聞いてみました。

当初は飛行機模型を得意としていた

 アオシマの名前で知られる青島文化教材社は、最初から自動車の模型を作っていた訳ではありません。その歴史は古く、前身となる青島飛行機研究所は1924年に設立されました。

青島次郎

創業者の青島次郎

1932年に模型飛行機の製造を始めると、この模型が軍事学校の指定教材に選ばれるなどして、模型事業を軌道に乗せます。

 終戦を迎えた1945年には、現在の青島文化教材社に名前を変更。1961年からはプラスチックでできた模型の製造をスタートさせます。ブルーバードここまで自動車ではなく、飛行機や船の模型をメインにしてきた青島文化教材社ですが、1970年代のスーパーカーブーム時に本格的に自動車模型に参入します。

 当初はプラモデルではなく、駄菓子屋などで販売されていた食玩などをメインに手掛けていましたが、1976年に1/24のプラモデル「スーパーカーシリーズ」の販売を開始。1/24のプラモデル「スーパーカーシリーズ」本格的に自動車のプラモデルの取り扱いをスタートさせます。

1980年代にカスタムカー路線を開拓

 自動車模型に進出した青島文化教材社は、さまざまなジャンルの自動車にチャレンジ。そのなかで1980年代にヒットしたのが、国産車をベースにエアロチューンやメカチューンを施した「チューニングカーシリーズ」です。国産スポーツカーを中心に高性能にユーザーがチューンアップするというカスタマイズが流行り始めたこともありヒットしました。

 他メーカーがやらなかったチューニングカーにスポットを当てた「チューニングカーシリーズ」。現在は「ザ★チューンドカー」という新しいシリーズとなっていますが、チューニングカーのプラモデルは青島文化教材社の定番商品となっています。今まで1/24の自動車プラモデルを作り続けてこれたのは、これらのチューニングカーがあったからこそとのこと。

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