スーパーカーなのか否か? 少年を熱狂させた「ロータス・ヨーロッパ」の正体とは (1/2ページ)

スーパーカーなのか否か? 少年を熱狂させた「ロータス・ヨーロッパ」の正体とは

ライトウェイト・2シータースポーツを極めたロータス・ヨーロッパ

 1970年代後半から1980年代にかけて巻き起こったスーパーカーブームでは、ランボルギーニ・カウンタックとフェラーリ512BBの2トップを筆頭に、3~4Lかそれ以上の大排気量で、V12などマルチシリンダーのエンジンをミッドシップに搭載したモデルの人気が急上昇しました。

 その一方で、ブームをけん引した漫画『サーキットの狼』の主人公が駆っていたこともあって、ロータス・ヨーロッパの人気も急上昇していました。車重は665kgでコンパクトなボディは全長と全幅、全高がそれぞれ4000mm×1638mm×1080mm。とくに全高の1080mmという数字は、小学校低学年の平均身長よりも低いほどでした。大柄なスーパーカーのなかにあって、ふたまわり以上も小さな、ライトウェイト・2シータースポーツを極めたロータス・ヨーロッパを振り返ります。

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廉価でもドライビングを楽しめるピュアスポーツ

 ロータス・ヨーロッパが登場したのは1966年の12月で、1957年に登場したロータス・セブンの後継として開発されたものでした。もっともセブン自体はシリーズ1からシリーズ4まで改良を重ねながら1973年まで現役として販売が続けられていて、1967年から1973年までは新旧2台のライトウェイトスポーツが併売される恰好でした

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 それはともかく、それまでのロータス車と同様に、ヨーロッパの開発はコリン・チャップマンが指揮を執っていました。レースの現場に立ち続ける一方で、ライトウェイトスポーツを作り続けたチャップマンは、スポーツカーにとって永遠の正義である軽量コンパクトを追求すると同時に、最新の技術を取り入れることも忘れていませんでした。

 エンジンをミッドマウントしたことはその好例でした。また、セブンではスペースフレームで仕上げられたシャシーを使用していましたが、ヨーロッパでは一転し、1962年に登場したエランでノウハウが蓄積されていたプレス製のバックボーンフレームを採用。ロータス・エラン画像はこちら

 もちろんフロントにエンジンを搭載するエラン用とは前後逆で、Y字型の開放部分を後方にして、そこにエンジンを搭載するというものでした。またセブンのサスペンションは、フロントのダブルウィッシュボーンはともかく、スペースフレームの後方にリジッドアクスルを吊ったリヤサスペンションは、スポーツカーを名乗るにはロースペック過ぎました。

 またミッドシップエンジンを搭載することにより独立懸架としやすくなったことからヨーロッパでは、ダブルウィッシュボーン式のフロントに加えて、リヤサスペンションもパイプ製のIアームと鋼板を溶接したラジアスアームでロアを構成。ドライブシャフトがアッパーアームを兼ねるスタイルの独立懸架となっていました。

 このフレームに搭載されたエンジンはルノー16用の1.5L直4プッシュロッド。まさに1980年代半ばに、アイルトン・セナがドライブしF1GPで大活躍したロータス・ルノーの始祖(!?)と言ってもいいかもしれません。ルノー16画像はこちら

 それはともかく、ベースエンジンでは最高出力も55psに過ぎず、ロータスで独自のチューニングを施しても82psと、スーパーカーと呼ぶには気が引けるものでしかありませんでした。それでも、このシャシーに架装されるボディが、コンパクトな2ドア。しかもガラス繊維強化プラスチック、いわゆるFRPで成形されたもので、オリジナルの式型ではサイドウインドウもはめ殺しとするなど、ストイックさを地で行くような内容となっており、車重も700kgを切る超軽量級で、まずまずのパフォーマンスを実現することになりました。

 何よりもハンドリングの素晴らしさが群を抜いていて、ワインディングでの速さはヨーロッパの大きな魅力です。廉価でもドライビングを楽しめるピュアスポーツという、チャップマンの掲げるコンセプトを見事に具現化していました。