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オークションでは5000万円で落札! ポルシェファンが特別視する「ナナサン」911カレラRSとは

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TEXT: 原田 了 PHOTO: 原田 了/PORSCHE

ロードゴーイングカーで最高峰のレースに挑む

 ポルシェとモータースポーツの関わりは、最初の市販モデル、356が世に出た当時から始まっていました。356の後継モデルとして生を受けた911も、当然のようにモータースポーツに参加し、レースやラリーで活躍することになります。

 ポルシェはまた同時に、ロードゴーイングカーによるレースだけでなく純レーシングマシンによるレースにも積極的に参加していました。1969年から1971年にかけてはポルシェ917が国際メーカー選手権のタイトルが掛かったスポーツカーによる世界選手権に参戦し、3連覇を達成しています。ちなみに1968年はまだポルシェ908が主戦マシンで、デビューイヤーだった917は1勝を挙げるに留まっていました。ポルシェ917

 またこの間、GTクラスでは911が3連覇しています。もっとも、2L以下のGTカテゴリーでは制度が始まった1962年から、ずっとポルシェがマニュファクチャラータイトルを獲得し続けていました。ともかく、1971年のチャンピオンマシンとなった917ですが、翌1972年はレギュレーションが変更され、スポーツカーの排気量は3L以下に規制されることに。4.5Lエンジンを搭載していた917は、活躍する場を失うことになったのです。

 そこでポルシェは、3L以下のグループ5スポーツカーとともに3L以下のGTカーが主役となる世界メーカー選手権に、ポルシェ911を投入することにしたのです。そのためのホモロゲーションモデルが911カレラRS2.7だったのです。ポルシェ911カレラ2.7RS

 ここで911カレラRS2.7のベースモデルについて詳しく見ておきましょう。まずはエンジンから。Eシリーズから採用されていた911系2341㏄ユニットのボアを6mmだけサイズアップして、排気量を2687㏄(90mmφ×70.4mm)まで拡大し最高出力は210psにまでパワーアップしていました。

 シャシーに関しては、マクファーソンストラット+トーションバースプリング/セミトレーリングアーム+トーションバースプリングという前後サスペンションの基本形式は変わりないものの、スプリングやダンパーが強化されていました。さらに、タイヤサイズもベーシックな911が前後ともに185/70VR15だったのに対して、911カレラRS2.7ではリヤを215/60VR15にサイズアップ。同時にホイールもリヤは7インチ幅に拡幅しています。ポルシェ911カレラ2.7RS

 そしてその太いタイヤ&ホイールを収めるために、リヤのホイールアーチが大きく膨らんでいるのが大きな特徴となっていました。また、リヤシートを撤去したりバンパーをFRP製に置き換えたり、ガラスやボディの鉄板を薄いものに交換したり、と軽量化も徹底されていたのです。

 その一方で、フロントにオイルクーラーが内蔵可能な大型スポイラー、リヤにはダックテール一体型のエンジンリッドを装着するなど、アグレッシブなエクステリアとなっていました。そしてサイドを走る太いストライプとCarreraのロゴが、その存在感を高めています。ポルシェ911カレラ2.7RS

 ちなみに、Carrera(カレラ)とはレースを意味するスペイン語で、1954年にハンス・ヘルマンが550スパイダーで出場したメキシコでのロードレース、カレラ・パナメリカーナでクラス優勝を遂げたことに由来。ポルシェではレースに参戦できるハイパフォーマンスモデルに、このネーミングを使用しています。ポルシェ550

 実際、車両公認に必要な台数=500台を大きく超える1580台が生産され、70台近くが純レース用としてデリバリーされたようです。ポルシェ911カレラ2.7RSR

 911カレラRS2.7は1973年の1年限りで生産を終えていたことから“ナナサン・カレラ”の愛称で根強いファンを惹きつけているようで、いくつかのオークションでは驚くような落札価格(5000万円〜)が報じられています。しかし、現代のポルシェ911GT3に繋がる市販レーシングモデルの始祖と考えるなら、その高騰ぶりも納得できます。

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  • 原田 了
  • 原田 了
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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