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マセラティ初のミッドシップ「ボーラ」はシトロエンからの提案で誕生したスーパーカーだった

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TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 原田 了/MASERATI

マセラティ初のミッドシップとなったボーラ

 マセラティとシトロエンのジョイントベンチャーの第一作となったシトロエンSMに続いて、1971年のジュネーブショーではマセラティのロードゴーイングカーとして、初のミッドエンジンとなったボーラが登場します。マセラティ・ボーラ

 ミッドシップ・2シーターという、スーパーカーの必須項目のひとつは満たしていましたが、V12エンジンではなくドアも通常のヒンジ式でした。それでも(V12に比べると)コンパクトなV8を搭載していることで、より端正なシルエットを手に入れることができたのだと思います。ホイールベースも2600mmで冗長さは感じられません。マセラティ・ボーラ

 デザインを手掛けたのはイタルデザインを創設したジョルジェット・ジウジアーロ。ただしコーチワークはマセラティの下請けで行われたようです。

 シャーシはモノコックフレームにエンジン搭載用のサブフレームが組付けられるもので、エンジンにはマウント5速ミッションが組み込まれたトランスアクスルが取り付けられていました。

 ミッドシップに縦置きマウントされる初代クワトロポルテから継承された4.3L90度V8エンジンは、インジェクションからふたたびキャブレターに戻され、ダブルイグニッションから整備性のいいシングルイグニッションに変更されていました。

 サスペンションは前後ともにコイルで吊ったダブルウィッシュボーン式。ブレーキは4輪ベンチレーテッド式で、シトロエンの技術を取り入れたサーボ付きとなっていました。マセラティ・ボーラ

 およそ1年半後、1972年のパリ・サロンでは、弟分のメラクがデビューしています。リヤ部分に関してボーラはファストバック形状、ボディ上半部分が一体式のカウルで、リヤヒンジで開けられるようになりました。メラクではエンジンフードがフラットになり、そのフードのみが前ヒンジで開けられるようになっているという違いはありましたが、両車は基本的には同じデザインでまとめられています。マセラティ・ボーラ

 しかし、シルバーに輝くルーフパネルやリヤカウルに設けられたリヤサイドウインドウなど、ディテールでの違いは明らか。兄貴分のボーラの方が、アグレッシブだったメラクよりも端正だったというのが個人的な感想です。マセラティ・ボーラ

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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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