1894年 世界初のパリ~ルーアン間レースでダイムラー・エンジン車1~4位を独占。写真はダイムラー社製のエンジンを搭載したプジョー
1901年 最初のメルセデス35PSレーシングカー
1911年 ブリッツェン・ベンツ:1911年、デイトナビーチでボブ・バーマンが時速228.1kmの世界記録を樹立。この世界記録は1919年まで破られなかった
1914年 メルセデス115PS:V型ラジエターが特徴。フランスGPで1-2-3位を独占した(優勝はラウテンシュラッガー)
1923年 ベンツのトロッペフェン・ヴァーゲン:航空機からの発想であるエアロダイナミクスの概念を取り入れた流線型のボディと世界初の4輪独立懸架サスペンション、そしてミッドシップ・レイアウトを融合した画期的なレーシングカーだった
1927年 メルセデス・ベンツS:有名なフェルディナンド・ポルシェ博士が率いた時代のメルセデス・ベンツが放ったハイライトがこのSシリーズ(S、SS、SSK、SSKL)。特にレーシングバージョンのSはドイツGPで1~3位まで独占した
1927年 メルセデス・ベンツS:有名なフェルディナンド・ポルシェ博士が率いた時代のメルセデス・ベンツが放ったハイライトがこのSモデルだ
1928年のメルセデス・ベンツSSKスポーツカー
1931年4月、メルセデス・ベンツSSKLを駆ってイタリアのミッレ・ミリアで優勝したルドルフ・カラッチオラ。彼は外国人ドライバーとして初めてこのミッレ・ミリアを制した
1934年 W25:メルセデス・ベンツの常勝のGPマシン「シルバー・アロー」が誕生
1937年 W125:新フォーミュラ用として最高傑作車といわれるW125を完成させた。エンジンはW25の直列8気筒、DOHC、ルーツ・スーパーチャジャー付きをさらに5.66Lにボアアップ。出力は37年の初期モデルで600ps弱、後半には646ps。433.7km/hを記録した怪物
1937年の怪物GPマシンW125。写真はモナコGPでブラオヒッチュとカラッチオラのデッドヒート
1936年に入るとメルセデス・ベンツはV12、4.8L 540psエンジンを搭載した流線型のレコード・レーサーを生み出した(W25ベース)
1936年10月と11月にフランクフルト~ダルムシュタット間のアウトバーンにて、名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L~8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピードは371.9km/hを記録。写真はスタート前
1936年10月と11月にフランクフルト~ダルムシュタット間のアウトバーンにて、名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L~8L)で計6つの世界記録を樹立。最高スピードは371.9km/hを記録した
メルセデス・ベンツのエースドライバーは名手ルドルフ・カラッチオラ
ライバルであるアウト・ウニオン流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成(タイプCストリームライン)
アウト・ウニオンのドライバーはエースのベルント・ローゼマイヤー
メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV12エンジンを5.57L、736psにまで拡大(W125ベース)。このクルマでカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト~ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB(5L~8L)の世界最高記録を樹立した。なお、公道上で出した最高速度記録は現在も破られていない
メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV12エンジンを5.57L、736psにまで拡大(W125ベース)。このクルマでカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト~ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB(5L~8L)の世界最高記録を樹立した。写真はスタート前
世界最高記録を樹立した宣伝ポスター
1939年 W165:わずか8カ月で開発しトリポリGPで1-2位を独占!
1939年 W165:わずか8カ月で開発しトリポリGPで1-2位を独占!
歴代のメルセデス・ベンツのレーシングカー