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常識破りの「V12横置き」は“ミニ”がヒントだった? 伝説の試作車誕生秘話【ミウラ伝説】

常識破りの「V12横置き」は“ミニ”がヒントだった? 伝説の試作車誕生秘話【ミウラ伝説】

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TEXT: 山崎元裕(YAMAZAKI Motohiro)  PHOTO: Automobili Lamborghini S.p.A./BMW

「プロジェクト・ミニ」と名付けられた発想の転換に導かれた奇想天外なスーパーカーの原型とは?

それはかのアレックス・イシゴニスが、ミニで実現したパワーユニットのコンポーネンツをミッドシップにしたもので、ダラーラ自身はそれを「プロジェクト・ミニ」とネーミングしている。1959年に誕生したミニは、直列4気筒エンジンを横置きして前輪を駆動するモデルだが、それをミッドシップ化して後輪を駆動すればよいのではないかというシンプルではあるが、驚くべき発想だ。しかもエンジンは4L様の350GTに使用されていたV12気筒。ミニと同様にエンジンとミッションのオイル潤滑を共用化し、パワーユニットは横置き搭載する。これならばエンジンコンポーネントは非ジュニコンパクトでホイールベースを短く設計することも可能だ。

「プロジェクト・ミニ」をスタート地点として、ダラーラのV型12気筒ミッドシップ・スポーツのプランは、実現への道を着々と歩み始めていった。その後に控えるのは、フェルッチオの許可を得るという最大の難関だったのだが、ダラーラによればフェルッチオは意外なまでに簡単に、このプロジェクトを進行させることを認めてくれた。

そしてダラーラ、スタンツァーニ、ウォレスの3人を中心に、まずはV型12気筒エンジンを搭載した、ベアシャシーの開発と製作がスタートする。のちに「TP400」とネーミングされる、まだボディを持たないシャシーは、1965年11月に開催されたトリノ・ショーのランボルギーニ・ブースに一切の予告もなく登場し、大きな話題を呼ぶことになる。

「ランボルギーニはモータースポーツに参戦するつもりなのか?」とTP400を見た者の多くは、あるいはそう感じたのかもしれない。なにしろ世界にはまだ、スーパーカーという概念やカテゴリーは存在していなかったのだから。

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