個性的にカスタムされた空冷ポルシェも人気コンテンツのひとつだった
料金所の跡地に佇むロスマンズカラーのポルシェ962C。普段ではありえない光景に心が踊る
会場では空冷ポルシェのオーナー同士が夢中になって会話する場面をよく見かけた。親密なコミュニティによって空冷ポルシェのカルチャーが支えられている側面も大きいだろう
会場では、画になるシチュエーションを前にして、カメラのファインダーを覗く人の姿も多かった
356スピードスター。右側のカーバッチはヨーロッパ最大の自動車連盟であるドイツ自動車クラブ(ADAC)のものだ。ドイツの象徴である鷲の紋章(ライヒスアドラー)がデザインされている
ラリーの無骨さと、カラーリングから垣間見えるカジュアルなアメリカっぽさが可愛らしい911。HEUERのイエローフォグが、往年のラリーシーンへの敬意を感じさせる
ルーフラックに荷物を積んだ356。旅の途中で立ち寄ったような佇まいが、このイベントにとてもマッチしていた
黒いボンネットにパティナ(経年劣化)が育ち、フージャーのドラッグタイヤが印象的な911。ドイツ生まれアメリカ育ちのタフでちょいワルな雰囲気を醸し出していた
ポルシェが公式に監修するライフスタイルメディア「Type7(タイプセブン)」のゼッケンを貼った911。因みに「Type7」は、後のポルシェ911につながる開発プロジェクトの原点となった試作車の名称だ
1973年式の911カレラRS(通称73カレラ)。空冷ポルシェの中でも市場価値の上昇が著しいモデルのひとつだが、当日は極上なコンデイションを保った個体が何台も展示してあった
911 3.0Lターボ(930)。930ターボとして日本で最初に納車された記念すべき個体が展示されていた
911ターボ フラットノーズ カブリオレ。バンパーに刻まれた飛び石による無数の小傷が、このクルマの戦歴を物語っているようだった。希少なモデルにも関わらず思い切り走らせる心意気に拍手を送りたい
空冷ポルシェをベースに、熟練職人の手作業で究極の911を制作するアメリカのレストモッド専門ブランド「Singer Vehicle Design(通称シンガー)」が手がけた911。妖艶なボディーカラーが独特の雰囲気を醸し出していた
ポルシェをベースに独自のコンプリートカーを製造するドイツの自動車メーカー「RUF(ルーフ)」のCTR ライトウェイトバージョン。生産台数わずか30台の希少車だ
SingerのようなレストモッドやRUFのようなチューナーカスタムが多く存在するのも、空冷ポルシェならではの文化だ。この日の会場にも、そんな個性的な1台が数多く並んでいた
会場にはオリジナルの状態を保ったクルマに限らず、個性豊かなカスタムやペイントを施した空冷ポルシェを見ることができた
空冷ポルシェを前にして、熱気が冷めやらぬ人々ばかりであった
1958年式の356A カブリオレは新車当時からのナンバープレートを装着していた
木製の台座に置かれた希少なクルマたちを、来場者は芸術品を鑑賞するように見入っていた
高架の上から眺める銀座の町並みも非常に新鮮だった
当時、東京で登録されたクルマのナンバープレートに限って地名の記載がなかった。東京でも地名を記載するようになったのは1961年からである
日本初の本格的な自動車レースとなる、1963年の日本グランプリに出場した由緒正しき356
低く構えた911(964)スピードスターのシルエット。女性的なフォルムに目を奪われる
356 pre-A。356の最初期モデルであり、中央で折れた「ベンテッド・スクリーン」と呼ばれる2枚組みのガラスが、このモデルだけの特徴だ
911 3.0Lターボ(930)の毒を持ったカエルのようなボディーカラー「シグナルオレンジ」は夜でも独特な存在感があった
世界的に有名な日本のポルシェチューナー「RAUH-Welt(ラフヴェルト)」が手がけたポルシェ911(964)。日本のポルシェカスタムは世界中から注目を受けている
搬出時にはヘッドライトを点灯させた904 GTSが夜のKK線を走り抜けた。60年前のレーサーが令和の銀座を駆けた瞬間だ
ポルシェ 910。1968年の日本グランプリでタキ・レーシングの生沢徹氏が駆り、総合2位(クラス優勝)を獲得した伝説のマシンだ
ポルシェ910は、諸説あるもののワークスカーとしてわずか約25〜30台が生産された
ポルシェ910は、会場でも人気な車両のひとつだった
「日本にまだこれだけの空冷ポルシェがいるんだ」と驚いていた来場者に激しく共感した
イベントには老若男女問わず多くの人が訪れていた
シグナルグリーンの911RS(964)。ゆとりのあるスペースで贅沢に配置されており、人々の目を引いていた
空冷ポルシェは市場価格の高騰に比例して、カスタムカルチャーへの注目度も年々高まっているように思える
すべてのポルシェの原点ともいえる356が複数台並ぶ。高いコンデイションを保つ個体を何台も拝める機会は非常に珍しい
904の背後には、全日本GT選手権で活躍したナインテンレーシングの993RSRも。時代を超えたポルシェたちが、銀座の空の下で肩を並べた
ポルシェ904 GTS。1960年代のレースシーンを彩った、空冷ポルシェの名作レーシングカーのひとつだ
搬出時にKK線を名残惜しく走り去る空冷ポルシェの姿を見て、この道が現役だった頃をよく思い出した
シャシー111のポルシェ 962C。コックピット横には「KUNIMITSU/KENJI」のドライバーズネームが貼られている
日本レース史における962Cの「幕開け」と「有終の美」を飾ったシャシー111(手前)とシャシー134(奥)が、KK線に並んだ
サーキットでしか見ることのできないレーシングカーが平然と公道に佇む姿を見て、心を踊らせた人も多かっただろう
料金所の跡地に並ぶ異色の二台。夢のような光景だ