クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • TAG
  • AMW snap

「AMW snap」の記事一覧

三菱6代目「ギャラン」愛が止まらない!安住の地を確保するために倉庫までを購入した

三菱自動車工業が製造・販売していた「ギャラン」は、36年間という歴史をもつモデルです。1969年に初代となる「コルトギャラン」が登場し、2005年に8代目モデルで生産を終了。その後も2007年には7代目ランサーに「ギャランフォルティス」という名称が与えられ、ギャランの名が一時的に復活したこともありました。そんな長い歴史を持つギャランのなかで、筆者がとくに印象深いのが6代目ギャラン(E30系)です。今回はその6代目を愛する小林孝宏さんが手に入れたという、ギャランたちの“安住の地”を訪ねました。

生産わずか554台の日産初代「シルビア」!北海道から自走で参加した個体は1965年式の最初期モデル

2025年6月1日、東京都武蔵村山市のプリンスの丘公園で「第4回プリンスの丘 自動車ショウ」が開催されました。全国から約150台の日産車が集結し、初代誕生から60周年を迎えたシルビアを記念するトークショーと15台の歴代展示が大きな話題になりました。なかでも注目を集めたのは、1965年式の日産「シルビア(CSP311)」を北海道から自走で持ち込んだオーナー・村上禎衡さん。職人の手作業が生んだ端正なボディと、希少なCSP311を愛情深く守る姿に、多くの来場者が魅了されました。

業務用のCX-5でモータースポーツに参戦!? 仕事仲間”が“競技仲間”となって楽しめるデイラリー

自動車免許さえあれば誰でも参加できる「デイラリー」。その第2戦となる光圀ラリーには、仕事で使っているマツダ「CX-5」で参戦したクルーがいました。普段は会社の経営に携わるふたりが、休日はラリーのクルーとして息を合わせる。じつはラリー用に仕立てたハードなマシンではなかったから参戦できるようになったそうです。

“足さない引かない”美学!目立たないことが特徴のアルファ ロメオ「1750GTV」

1969年式アルファ ロメオ「1750GTV」を18年乗り続ける山田恭司さん(60歳)は、旧車との暮らしを肩肘張らずに楽しんでいます。愛車として迎えいれたときはボロボロの状態で、サーキットでエンジンとミッションを壊し、さらに追突される事故まで。それぞれの修復過程で整備技術を身につけ、今ではどこへでも走りに行ける頼もしい相棒となりました。外観はあえてノーマルを貫き、ゼッケン以外は飾らない。日常の買い物から遠出まで、“普通”を極めた付き合い方が、山田さんの人生をさらに豊かにしています。

従妹のホンダEG型「シビックEL」を1.5L&5速MTに換装!USDMからRS仕様へと今なお進化中

従妹から譲り受けた1995年式ホンダEG型「シビックEL」を、自分の手で理想の形へと育ててきた“DjaDさん”。USDMスタイルから始まり、現在は1.5Lデュアルキャブ+5速MTに換装するなど、初代シビックRSをイメージしてカスタマイズを続けています。エンジンチューニングやホイールの加工、ボディやインテリアの変更に至るまで、“DjaDさん”のこだわり満載で今なお進化を続けています。

スターレットを名乗るトヨタ「GRヤリス」は片側2輪だけエアロディスク!?謎めいたカスタマイズの真意とは

GRヤリスオーナーズミーティングが行われた長野県のS-BIRDの巨大な駐車場には、全国から多数のトヨタ「GRヤリス」が集結しました。そのなかで、足まわりに1980年代のレーシングカーを彷彿とさせるエアロディスクを装着した後期モデルを発見しました。反対側に回ると日産の純正ホイールを流用しており、足まわりは謎だらけ。早速オーナーに直接お話を伺いました。

フィアット「500R」を購入して目覚めたモータースポーツ魂!初参加のレースでクラス3位を獲得

小さなフィアット「500R」が大きな情熱を見せていました。愛知県の幸田サーキットを舞台に、オーナーのゆきのりさんは愛車を自在に操り、総合8位・750cc以下クラス3位という結果を残します。イタリア旅行で一目惚れして迎えた1974年式の500Rは、街乗りからサーキットまで走りを楽しめる1台。10インチホイールとローダウン・サスペンションで磨かれたコーナリング性能は、休日専用車としての穏やかな顔と、レースでの俊敏さを併せ持っています。

ダットサンを1台でも多く日本に残したい!その思いの1台がアメリカから帰国したダットサン「1500 スポーツロードスター」

幼少期に父の運転で参加した「ミルキーウェイ・ブルーアイランド・ラリー(以下:ミルキーウェイ)」が、一色亮人さんがクルマ好きになる原点だったと言いいます。そして亮人さんはカーショップを営むようになりミルキーウェイにも参加していましたが、父親の幼なじみだった主催者の急逝を機に親子でダットサン「1500スポーツロードスター」で参加することを決意します。じつはこのクルマは逆輸入車。このクルマが日本に里帰りできたのは、アメリカ在住のダットサンファンと育んだ友人関係があったからでした。その経緯も含めて、一色さん親子が走った最後のミルキーウェイのようすを紹介します。
share:

 

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS