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【SUPER GT Rd.8 もてぎ GT250km】レクサス、日産、ホンダ 各チームの達成感はタイトルだけではない

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TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 成瀬陽介、遠藤樹弥

優勝やタイトルに届かなくても満足できた名勝負

 今年はシーズンを通して荒れた天候に翻弄されることの多かったSUPER GTだが、最終戦(第8戦)のもてぎ250kmは、予選・決勝を通じて天高く青空の広がる秋晴れに恵まれ、シーズン最後にして絶好のレース日和となった。

 GT500クラスは「No.37 KeePer TOM’S LC500(平川亮/ニック・キャシディ)」が優勝。2位には「No.6 WAKO’S 4CR LC500(大嶋和也/山下健太)」が入り、見事シリーズチャンピオンを獲得した。

 

 しかも3位と4位には「No.36 au TOM’S LC500(中嶋一貴/関口雄飛)」と「No.38 ZENT CERUMO LC500(立川祐路/石浦宏明)」が入り、レクサス勢がトップ4を独占。表彰台を逃した前回のSUGOとは一転して強さをアピールすると同時に、LEXUS LC500のラストシーズンに有終の美を飾った。

 GT500でドライバーチャンピオンに輝いたNo.6 WAKO’S 4CR LC500は、ドライバーの大嶋と山下にとっては初の栄冠。チームにとっても、現在チームを率いている脇阪寿一監督が現役時代の2002年以来、久々のタイトル獲得となった。

 ちなみにチームチャンピオンはNo.37 KeePer TOM’S LC500を走らせたLEXUS TEAM KeePer TOM’Sが獲得している。

 一方のGT300はドラマのうような展開に。チェッカー直前までレースをリードしていた「No.65 LEON PYRAMID AMG(蒲生尚弥/菅波冬悟)」だが、ファイナルラップでペースダウン。下り坂となっているホームストレートを惰性で走行する間に、「No.11 GAINER TANAX GT-R」に逆転されて優勝を逃すというハプニングもあった。

 そして「No.11 GAINER TANAX GT-R(平中克幸/安田裕信)」が優勝し、4位に入った「No.55 ARTA NSX GT3(高木真一/福住仁嶺)」がシリーズチャンピオンを獲得したのだ。

 また予選17番手グリッドだった「No.96 K-tunes RC F GT3(新田守男/阪口晴南)」が3位表彰台を確保。驚異的な追い上げを見せたことでおおいに盛り上がった。

 

 

 そんなGT300クラスのチャンピオンに輝いたNo.55 ARTA NSX GT3だが、ルーキーの福住にとっては当然ながら初の戴冠だったが、ベテランの高木とチームにとってはGT500のTEAM LE MANS同様2002年以来、久々の栄冠と。この時、高木とコンビを組んでいたのが、今回、最後までGT300のタイトルを争っていたNo.96 K-tunes RC F GT3の新田でもあった。

 レース後の優勝会見ではGT300ウィナーの平中が「“棚ボタ”ですが、その位置につけていたから手に入れることができました」とクールに分析しながらも満面の笑みを浮かべていたのに対し、GT500ウィナーの2人、平川とキャシディの不満げな表情が好対照だった。

 レース前の金曜日に2人を取材したのだが、逆転チャンピオンを狙うためにも集中していたいから、あまり取材は受けたくないんだ、と気持ちを吐露していたほど。優勝した嬉しさよりもタイトルを逃した悔しさの方が大きかったのだろう。

 

GT300ではレクサスRC FとNSXのドラマ

 対照的に、笑顔でレースを振り返っていたのがNo.96 K-tunes RC F GT3の新田だ。新田もGT300での逆転チャンピオンを狙っていたがGT500のウィナー、平川やキャシディと同様で果たせなかった。しかも彼らは優勝にも届いていなかった。「もちろん、優勝できなかったのは悔しいですよ」と言う新田だが、悔しさよりも達成感の方が強かったのは明らかだった。

 レース前「真ちゃん(No.55 高木真一)とはポイント差も大きいから逆転するのは簡単じゃない。でも可能性がない訳じゃないから、ともかく真ちゃん達の前でゴールしたい。優勝できればその方が良いし、逆転チャンピオンなら最高だけど」と語っていた新田だが、そのプランさえ公式予選で大きな修正を余儀なくされることになる。

 クルマのセットが思うままにならなかったか、ベテランの新田が珍しくアタックラップでスピン。再度のアタックを掛けたがタイムアップはならずQ1で敗退してしまったのだ。4位以上に入賞すれば自力で逃げ切りチャンピオンが確定する、ライバルの“真ちゃん達”が予選5番手と好位置につけており、新田組の予選17番手からでは逆転チャンピオンも優勝も黄色信号が灯ってしまった。少なくとも、外部からはそう分析する声が多かった。

 だがベテランの新田と、コンビを組む若いルーキーの阪口は、簡単に諦めることはなかった。

 

 スタートと前半のスティントを担当する新田はスタート直後から猛プッシュ。ベテランの技を見せつけ10周を終えるまでには12番手までポジションアップし、更に先を急ぐ。そしてポイントゲット圏内の8番手にまで進出すると16周を終了した時点で上位陣の先陣を切り、早めにルーティンピットインを行った。

 相方の阪口の速さに賭ける作戦だったが、阪口はこれに応える格好でハイペースで追い上げを継続する。ほぼ全車がルーティンピットを行った時点で7番手につけていた阪口は、ベテランでチャンピオン経験のあるアンドレ・クートや谷口信輝をパスすると、今度はGT300でタイトル争いのライバルであるNo.55 ARTA NSX GT3に照準を合わせた。

 No.55をドライブする福住は阪口と同じくSUPER GTではルーキーだが、メーカーの育成枠の中での先輩でもあった間柄。先輩の意地を見せて逃げる福住だったが、この時点でのペースは阪口の方が上回っていた。福住には、阪口にかわされて4位になっても、それをキープすれば自力でチャンピオンを獲得できるから、無理は禁物、との思惑があったのか。ともあれレースも大詰めとなった44周目の1コーナーで阪口は福住をパス。

 レース距離も250kmと通常よりも2割ほど短いせいもあったが、残る周回数ではここまでが精一杯。阪口はそのままGT300クラス3位でチェッカーを受け表彰台へと進出したのだ。

 優勝やタイトルには届かなかったが精一杯走り、先輩でありライバルでもある福住をパスできたことで阪口には達成感があったはずだ。そしてこの1年間、阪口とコンビを組んで走ってきた新田には、阪口の成長がとても頼もしいものに見えたに違いない。

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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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