ガチライバルのようでキャラは真逆! 意外と知らない「エスハチ」と「ヨタハチ」のハナシ (1/2ページ)

ガチライバルのようでキャラは真逆! 意外と知らない「エスハチ」と「ヨタハチ」のハナシ

手軽なスポーツカーが 時同じくしてふたつ到来

 1960年代といえば、日本のモータリゼーションが飛躍的に進歩した10年間で、1960年には車種も少なく実用車一辺倒だった自動車事情は、10年後の1969年には高級車あり、大衆車あり、スポーツカーありと様相を一変させていた。

 なかでも、モータリゼーションの成熟化を感じさせたのはスポーツカーの台頭だった。スポーツカーは趣味のクルマであるだけに、生活環境にゆとりがなければ手を出せないカテゴリーである。このスポーツカーが、1960年代中盤から商品化されるようになってきた。

好対照のモデル ホンダSシリーズとトヨタ スポーツ800

 先鞭をつけたのは日産のフェアレディだったが、もっと手軽に乗れる小排気量のモデルとして、ホンダのSシリーズとトヨタスポーツ800が、ほぼ同時に立ち上がっていた。正確に言えば、動きだしはホンダのほうが若干早かった。
 ホンダのスポーツカープロジェクトは、1962年の全日本自動車ショー(現・東京モーターショー)に、2シータースポーツカーのS360とS500を参考出品した時点で始まっていた。

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ホンダS500画像はこちら

  翌1963年、このうちS500だけが市販化され、1年後にはS600に発展、さらに1966年にはS800となってスポーツカーユーザーのニーズに応えていた。一方のトヨタスポーツ800は、1962年に開発が始まり、1965年(〜1969年)から発売が始まっていた。ホンダS800画像はこちら
 ここでは、ホンダは最終型のS800(1966〜1970年)がテーマとなるが、この両車、同じ800ccのスポーツカーながら、徹頭徹尾、好対照のモデルとして存在した。両車の関係をひと口で言えば、ホンダは重厚長大、トヨタは軽快合理的、という表現が当てはまるだろう。

 まず、車体構造だが、ホンダは鋼板溶接の専用シャシーにボディを架装、トヨタは軽量なモノコックボディと正反対のアプローチ。トヨタ スポーツ800画像はこちら

 デザインは、ホンダが伝統的な2シータースポーツカーのフォルムを踏襲したことに対し、トヨタは先進的な角のない流線形のフォルムを採用。

 車体、デザインで好対照の違いを見せた両車は、エンジンでもまったく同じ傾向を見せていた。水冷/直列4気筒/DOHCで70psのホンダS800に対し、トヨタスポーツ800は空冷/水平対向2気筒/OHVで45psの仕様。性能を最優先し複雑で高度なメカニズムを採用したホンダに対し、トヨタはパブリカのパワーユニット流用という前提条件もあったが、軽量コンパクトで高効率なエンジンが目指されていた。

クルマの構成スペックは対照的だが 動力性能は似通っていた不思議

 しかし、おもしろいのは、この両極端にある車体とエンジンの組み合わせが生み出す動力性能が、きわめて似通っていた(同レベルにあった)ことだ。最高速度はホンダS800が160km/h、トヨタスポーツ800が155km/hだったのである。ホンダS800のエンジン画像はこちら
 表現を変えれば、750kgの重い車体を70psの高出力エンジンで引っ張るホンダS800と、580kgの軽い車体を平凡な45psエンジンで走らせたトヨタスポーツ800の動力性能が近似していた、ということである。

 販売台数は、1万1000台強を販売したホンダS800に対しトヨタスポーツ800は3000台強と、売れ方は圧倒的にホンダが勝っていた。スポーツカーユーザーにとっては、メカニズムやパフォーマンに優れるホンダS800は魅力的と映っていた。一方のトヨタスポーツ800は、軽量コンパクト性が基本となる航空機設計の思想が如実に反映する車両だったが、この合理的な思想は、上昇志向がきわめて強かった1960年代、なかなか理解されにくかったと受け取ってよいだろう。

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