「AZ-1」「ビート」「カプチーノ」! 奇跡の軽スポーツ「平成のABCトリオ」はなぜ傑作だったのか (1/3ページ)

「AZ-1」「ビート」「カプチーノ」! 奇跡の軽スポーツ「平成のABCトリオ」はなぜ傑作だったのか

バブル景気が生んだ奇跡のマイクロスポーツたちを再考

 バブル経済の好景気という後押しもあり、後世に残る名車や個性的なモデルが多数生まれた1990年代初頭。その恩恵を受けたクルマは枚挙にいとまがないが、軽自動車というカテゴリーに限定すれば、その筆頭は「平成のABCトリオ」と呼ばれたオートザムAZ-1、ホンダ・ビート、スズキ・カプチーノであることに異論を唱える人は数少ないであろう。今回、改めて平成初期が生んだ奇跡のマイクロスポーツを取り上げたい。

軽自動車のパワーウォーズの先に描いた究極のリアルスポーツという理想

 まず、ABCトリオはなぜ生まれたのか? 1985年の2代目のダイハツ・ミラターボ登場から始まった軽自動車のパワーウォーズがその発端。

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2代目ダイハツ・ミラターボ画像はこちら

 それに負けじと各メーカーから軽ホットハッチが登場し、馬力競争は過熱。それに多くの若者の心を捉え、独自の文化を築き上げたが、激化したパワー競争に歯止めをかけるべく、1989年に決まった普通車の280psと同様に、軽自動車にも64psの自主規制が行われたことで、その勢いも徐々に落ち着きをみせることとなる。スズキ・アルト画像はこちら

 ただ、当時はスポーツ性の高さが人気のバロメーターとなっていたことは間違いなく、それにバブル経済という好景気も重なって、各メーカーは軽自動車の王道といえるスペース効率の追求(その代表格であるワゴンRが登場するのは1993年)ではなく、さらなるスポーツ性とプレミアム性を兼ね備えた特別なクルマの開発に着手していく。その開発陣の思いや夢の結晶として誕生したリアルスポーツが、AZ-1、ビート、カプチーノだったのだ。ABCトリオ平成の画像はこちら

 もっとも早く登場したのがビート(1991年5月)、次いでカプチーノ(1991年11月)、最後にAZ-1(1992年10月)の順。生産中止はAZ-1(1994年10月発表、1995年9月販売終了)、ビート(1995年10月発表、1996年12月販売終了)、カプチーノ(1997年12月発表、1998年10月販売終了)となっており、3車種のなかで一番実用性が高かったカプチーノが残ったのは順当といえる。

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