「いすゞ」懐かしの名コラボ! クルマ好きをワクワクさせた「イルムシャー」と「ハンドリング・バイ・ロータス」とは何だったのか? (1/2ページ)

「いすゞ」懐かしの名コラボ! クルマ好きをワクワクさせた「イルムシャー」と「ハンドリング・バイ・ロータス」とは何だったのか?

いすゞブランドを支えたスペシャルなクルマたち

 イルムシャーとハンドリング・バイ・ロータス。そう聞いて、往年のいすゞ車ファンなら「おお!」と(今なら感染対策の不織布マスク越しに)声を上げるに違いない。ここ最近、何度か取り上げたいすゞ車の記事でも触れたとおり、いすゞが乗用車の生産から撤退したのが1993年のこと。その少し前、いすゞ車のラインアップで、当時「おっ!」と思わせられたのが、このイルムシャーとハンドリング・バイ・ロータスだ。

 イルムシャーはご存知のとおり1968年創業のドイツのチューナー。もともとオペルと深い繋がりを持ち、レース、ラリーの競技用車両を手がけたほか、マンタ、オメガなどをベースにイルムシャーの名を冠したコンプリートカーも製作している。イルムシャーが関わっていたオペルマンタ 一方のロータスは、アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマン(1928〜1982年)謂れのイギリスのスポーツカー・メーカー。市販車ならスーパー7、エリート、エランや、ヨーロッパ、エスプリなど、マニア垂涎のモデルを数多く世に送り出していた。ロータス・エスプリ

味付けがまったく違うイルムシャーとロータス

 そんなイルムシャー、ロータスといすゞとは、当時“GM繋がり”だったところからタッグが実現した。そしていすゞ各車に設定された“イルムシャー”と“ハンドリング・バイ・ロータス”は、前者が全体としてスポーティで若々しい方向性だったのに対し、後者は当時の企画のキーワードを“シックでハイセンス”とし、よりジェントルな性格づけのクルマが狙いとされた。

 これまであまり表立って紹介されてこなかったが、企画自体は、当時いすゞの乗用車テコ入れ策の一環として立ち上げられたもの。社内呼称を“KKプロジェクト(起死回生構想)”といい、本機のプロジェクトとは別に、若手のデザイナー、エンジニアなどで構成する、いわば特命部隊が結成され、その任に当たったという。

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