不恰好なのに超速い!「空飛ぶレンガ」の異名を持つ「武闘派ボルボ」衝撃の歴史 (2/2ページ)

不格好なのに超速い!「空飛ぶレンガ」の伝説

 1980年代、ボルボのモータースポーツ参戦は新局面に入る。創設早々のグループAホモロゲ―ションを「240ターボ」で取って、欧州ツーリングカー選手権とDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に投入したのだ。2年目の1985年シーズンはワークス参戦によって、両方ともシリーズタイトルを制した。この活躍も、当時のターボチューンを受けとめた「B21ET」という頑強なエンジンブロックあればこそ。ほとんど不格好なほど四角い240がカッ飛んでいく姿は、「フライングブロック(空飛ぶレンガ)」とあだ名された。

 ちなみにグループAの国際ツーリングカー耐久レースとして、当時富士で行われた、インターTECの1985年初回と翌年の第2回はボルボ240ターボが優勝をさらっており、「空飛ぶレンガ」の強烈な雄姿は、日本のファンの目にも焼きつけられた。

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グループAで走ったボルボ240ターボ画像はこちら

 かくしてほぼ10年毎にモータースポーツ・シーンで、想像のナナメ上をいくパフォーマンスを見せつけるのがパターンになりつつあった1990年代、ボルボはまたやってくれた。1994年、今度は「トム・ウォーキンショー・レーシング」と組んで、「850エステート」をBTCC(ブリティッシュ・ツーリングカー選手権)に参戦させたのだ。なぜサルーンでなくエステートだったかといえば、空力的により優れているというのが当時の説明だった。だが、翌シーズンからレギュレーション変更でリヤウイングでダウンフォース増加が得られることから、ベース車両は850サルーンへと変更された。

BTCCで活躍したボルボ850画像はこちら

レース部門は「シアン・レーシング」として今も活躍中

 やがてBTCC車両のベースは「S40」へと変更されるが、この時代からドライバー兼チーム監督として頭角を現したヤン・ニルソンが「フラッシュ・レーシング」を立ち上げた。実質的にボルボ・ワークスとして、スウェーデン国内のツーリングカー選手権を制するなど活躍する。

 2004年までSTCCで活動した後にフラッシュ・レーシングとヤン・ニルソンはチームを売却、2005年から新たに「ポールスター・レーシング」を名乗る。するとポールスターは、メルセデスとAMG、BMWモータースポーツのように、ボルボのインハウス・チューナーという位置づけられ、ボルボの市販車をベースによりスポーティなモデルを開発プロデュースする役割を担った。

2001年にSTCCを走るS40画像はこちら

 2009年ごろからはレース部門が「ポールスター・レーシング」、市販モデル開発部門が「ポールスター・パフォーマンス」となった。

 日本でもおなじみの「S60/V60」の強化ECUキット、あるいは一連の「ポールスター・エンジニアード」と呼ばれるコンプリートモデルを手がける後者は、2015年に正式にボルボ傘下に入るべく買収される。「ポールスター」の商標は、ハイパフォーマンス電動モデル専用ブランドとして独立ブランド化された。

 ちなみにポールスター・レーシングは「ポールスター」とは名乗らなくなったものの、かねてよりモータースポーツ側の指揮を執っていたクリスチャン・ダールの手元に残され、「シアン・レーシング」として活動している。2017年にはWTCC(世界ツーリングカー選手権)において「S60ポールスター」でコンストラクター・タイトルを、その後もWTCRでチームタイトルを何度か獲るなど、有力チームとして活躍し続けているのである。

2017年にWTCCを制覇したS60ポールスター画像はこちら

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