バブルの申し子「初代シーマ」! 伊藤かずえもゾッコンの「色褪せない魅力」とは (1/2ページ)

バブルの申し子「初代シーマ」! 伊藤かずえもゾッコンの「色褪せない魅力」とは

この記事をまとめると

  • 社会現象にもなった日産を代表する高級セダン
  • 運転する楽しさも追求したドライバーズカー
  • バブル景気も後押しして約13万台が売れた

これまでの高級車とは一線を画するスタイリングで登場

 1988年、昭和のまさにバブル好景気の真っ只中の日本自動車界に、まさかの自国内から黒船級の衝撃が到来する。モーターショーなどで以前にコンセプト・モデルが公開されていが、当時は市場調査目的(市販化は無理だけどユーザーがどんなクルマを求めているのが調査するモデル:次期型のセドリック&グロリア)に違いないと考えられていた。

 そんな衝撃的な存在のシーマは、3ナンバー専用の流麗なボディと、ゆとりを超えて4ドア・セダン(サッシュレスゆえハードトップというのが正しいか)とは思えないような驚くべき動力性能を持つモデル、それが日産シーマ(FY31型)だ。

これまでの後席メインとは違う自らも運転を楽しむ高級セダン

 もちろん日本でも、日産プレジデントやトヨタ・センチュリー、三菱デボネアなどの3ナンバー仕様のモデルは存在した。しかしこれらは大企業の役員などが後席に座ることを想定したモデルであって、オーナードライバーが個人で所有するなどは稀なケース。バブル期であっても大都市以外では見かけないような希少車だった。

 対してシーマはFY31という型式からわかるように、Y31のセドリック&グロリアをベースに開発されている。発売当初は「セドリック・シーマ」「グロリア・シーマ」という名称で販売された。おそらくこれは知名度の高いセドリックやグロリアの名を使うことで、素早い認知を図るためだと思うが、シーマのスタイリングはそんなことは関係ないほどの魅力を誇っていた。

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シーマのフロントスタイリング画像はこちら

 これはライバルのクラウンが3ナンバーでも小幅な変更であることに対して、ウチの3ナンバーは違います! というアピールに繋がり、ヒットの大きな理由になったに違いない。

 そこでなぜ日産は3ナンバー専用車を登場させたのかと考察すれば、自動車税が大きく関わっている。自動車関連の税金は(現在も)非常に高く、現在の消費税が導入される以前は物品税もあり高額だった(消費税導入後もクルマだけは5%と高かった)。戦後が遠くに過ぎても自動車は贅沢品扱いであり、自動車を買えるやつは金持ちだから高い税金でいい! と政治家が判断したのかは知らないが、とにかく高かった。しかし、1984年の改正で自動車税は、

5ナンバークラス
排気量1.0L以下:2万9500円
排気量1.5L以下:3万4500円
排気量1.5L以上:3万9500円
3ナンバークラス
排気量3.0L以下:8万1500円

 さらに1989年の改正では消費税を導入して物品税を廃止して1989年には、

排気量1.0L未満:2万9500円
排気量1.0L以上1.5L以下:3万4500円
1.5L以上〜2.0L未満:3万9500円
2.0L以上〜2.5L未満:4万5000円
2.5L以上〜3.0L未満:5万1000円
3.0L以上〜3.5L未満:5万8000円

と、改正されることとなったのだ。

 シーマで言えば2万円以上も違う。これによって大排気量車や3ナンバー車も購入しやすくなるため、日産はシーマを誕生させたのだろう。経営陣も開発陣も勝負した結果。クルマとしての魅力にあふれて、勝負に勝ったのだ。

直線基調で威風堂々という言葉が似合うスタイリング

 まずスタイリングは直線基調ながら丸みを帯びたラインで構成されており、端正という言葉がとても似合う。現在でもそれに異論を唱える方は少ないと思っている。それでいてエンジンは、日産が手掛けたV型6気筒のVG30DEとVG30DET型のみをいち早く搭載。それこそファミリーカーが1.5Lとか、軽自動車が550ccの時代に3.0Lの6気筒なんてすごいに決まっていると、垂涎の的に。

直線基調のボディデザイン画像はこちら

 ボディサイズは全長4890×全幅1770×全高1380mmの堂々たるボディに、フロントがストラット式、リヤがセミトレーリングアーム式を採用。電子制御エアサスペンションやビスカスLSD、ABS(当時の表記は4WAS)の設定もあり、4ドア・ハードトップのオーナードライバーを満足させる仕様となっていた。

初代シーマのリヤビュー画像はこちら

 インテリアは当時の日産車の流儀から大きく外れてはいなかったが、本革シートや木目パネルの設定、充実したJBLなどのオーディオも用意された。そのほか、ドアミラーワイパーや、後席向けのテレビ&ビデオや加湿器、助手席の中央部を後席側に倒して、後席左側の乗員が足を前に伸ばすことができるリラックスシートなど、とにかく至れり尽くせりの装備が装着できた。

初代シーマのインパネ画像はこちら

 ホイールベースは2735mmと長く、当時はシートに十分なクッション性を持たせる日本車が少なかったこともあって、広い室内を達成して、前席でも後席でも大人4人が乗っても快適。シーマならではの所有欲を、十二分に満たす性能を実現していた。

 かつてライバルメーカーに、プラス100ccの余裕というキャッチフレーズで苦渋をなめたであろう日産は、シーマのヒットで留飲を下げたに違いない。

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