徐々にスペシャル感が薄れ消滅! センチュリーの対抗馬だった「プレジデント」の残念すぎる歴史 (1/2ページ)

徐々にスペシャル感が薄れ消滅! センチュリーの対抗馬だった「プレジデント」の残念すぎる歴史

この記事をまとめると

  • 日産のフラッグシップモデルだったプレジデント
  • トヨタ・センチュリーよりも登場が早かった
  • フルモデルチェンジを繰り返しながら4代目で販売が終了になった

天然の起毛ウールの表皮や“からみバネ”の採用

 さてカタログの写真だが、あいにく初代の単独のカタログは手元にはなく、最古のものとしてあったのは1972−73年の東京モーターショーのパンフレットより。“プレジデントD仕様”とだけ説明がついており、ということはV8の4Lエンジンを搭載し、フル装備の最上級グレードということになる。日産プレジデント

 2代目の登場は1973年のことだった。とはいえ、初代の写真と見比べていただければ一目瞭然のように、基本的に初代をベースに大改良を施したモデル。外観上では、フロントグリルを独立させ中央部を尖らせたマスクが、ひと目で新型とわかる。日産プレジデント

 それだけではなく、じつはトランクルームの拡大を目的に、おもにリヤのオーバーハングも初代から延長されたのだった(全長が200mmほど伸び、大半がトランクの拡大分に充てられた)。この世代からは単独のカタログが手元にあるのでページを捲ってみると、搭載エンジンはV8の4.4L、当時の日産の排出ガス清浄化システムのNAPSを採用していた。日産プレジデント

 シートには、国産初という天然の起毛ウールの表皮や“からみバネ”の採用などが謳われているほか、除湿や頭寒足熱の温度分布が得られるマルチエアコン、ワンタッチパワーウインドウ、後席用シガーライター&灰皿、読書灯などが紹介されている。インパネでは横型のスピードメーター、コラムシフトなども目に止まる。当時としては最上級の設えが施されたクルマだった。日産プレジデント

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