街を走っちゃ違法だけど自宅ならいくらでもOK! 昭和ヤンキーがどハマリした「改造車」プラモとは (1/2ページ)

街を走っちゃ違法だけど自宅ならいくらでもOK! 昭和ヤンキーがどハマリした「改造車」プラモとは

この記事をまとめると

  • パーツも少なく創意工夫で愛車をカスタムした’80年代
  • 昭和ヤンキーがプラモに熱中して愛車のミニチュア版を製作
  • 懐かしの昭和カスタムカーをプラモデル&箱絵で振り返る

’80年代の若者が熱中した「改造車」文化

 1980年代の前半、社会的現象となった改造車。多くの若者は18歳で免許を取得するとすぐにクルマを手に入れ、自分の好みに合わせて改造を行うのが当たり前でした。現在のように社外部品が豊富に揃っていなかった当時は、DIYさながらに創意工夫を凝らしながら個性を競い合ったものです。

 その流れは現在の「カスタムカー」や「チューニングカー」の礎になっていくのですが、当時は「族車」と呼ばれ、暴走族ではない若者も数多く改造車の世界に傾倒していったのです。改造車の生い立ちはレーシングカーの姿を真似ることから始まり、最終的にはスーパーシルエットと呼ばれるグラチャンマシンがお手本になったことは有名な話ですが、ここでは割愛させていただきます。

【関連記事】【失敗しないランボ選び】いま注目!! プレ値がつかない「ガヤルド」は買いか? 「スクアドラ・コルセ」で検証

C210型スカイライン画像はこちら

 改造車が大きなムーブメントになった1980年代、並行して爆発的なヒットを飛ばしたのが「プラモデル」で、各プラモデルメーカーからは改造車シリーズが次々に販売されました。1970年代にはノーマルのキットに手を加えて、改造車をスクラッチしていたモデラーも少数派として存在していましたが、プラ板やプラ棒を使って改造パーツを自作するのは大変な作業。そこに標準キットの状態からオーバーフェンダーやスポイラー、ワイドなアルミホイールがセットになった改造車シリーズは、時代の波に乗り爆発的な人気を博したのです。

ハコスカGT-Rのプラモデル画像はこちら

 当時、模型屋と呼ばれるホビーショップではプラモデルの主流をなしていた軍艦や戦闘機、戦車などの戦争ものや日本の名城シリーズに取って代わり、改造車のプラモデルが主流になったとも言われています。その人気ぶりはプラモデル業界にとっても大きなドル箱となり、アオシマ/フジミ/イマイ/マルイ/エルエス/クラウン/グンゼ/バンダイ/ニチモなど、主要模型メーカーが1/24スケールの改造車プラモデルに参入したのです。

 各メーカーは箱絵(ボックスアート)にも工夫を凝らし、当時のトレンドを投影したパープルや2トーンのボディカラーに角目、ハの字、オイルクーラーを装備したイラストを描き、「グラチャン」や「仏恥義理」(ぶっちぎり)、「族」、「街道レーサー」などのキャッチーなシリーズ名でファンを魅了したのです。しかし、同じ1/24スケールでもメーカーによって微妙にディテールが異なり、雰囲気を重視するメーカーや実車に近い造形を持つメーカーによって、改造車プラモファンの間でも好き嫌いが分かれていました。

 そして改造車シリーズを作る上で欠かせない塗料ですが、それまでは軍隊色が強くオリーブグリーンやサンドベージュばかりだったプラカラーの棚にパープル、ピンク、ブルー、メタリックが荒いシルバーなどが追加され、改造車プラモの影響を受けた塗料コーナーは華やかになっていったのです。

プラモデルの塗料画像はこちら

 改造車ブームと並行して爆発的なヒットを記録したプラモデルですが、そのキットでは満足できないファンはランナーと呼ばれる枠やストローを使って竹やりマフラーを作り、カットしたプラ板をパテ埋めしてロングノーズを作るなど、オリジナルの改造を施しました。内装には手芸店で手に入れた布やファーを貼り、土足厳禁用の下駄箱やセメダインを固めてシフトノブ(水中華)を自作することで完成度を高めることにも熱中。自分の愛車を忠実に再現してダッシュボードに飾ることも流行しました。

竹ヤリ出っ歯仕様のプラモデル画像はこちら

 また、タミヤから発売されている兵隊の人形キットをベースに、軍服を特攻服に改造し、ヘルメットを削ってパテでリーゼントに作り替えて箱乗りをさせたジオラマを製作するなど、机上で改造車プラモを楽しむファンも数多く存在していました。リアルな改造車が大きな社会現象となった裏側で、プラモデルという趣味の世界でも改造車は大きなムーブメントを巻き起こしていたのは、今となっては懐かしい思い出です。そんな当時の改造車をプラモデルやその箱絵で振り返りたいと思います。

’80年代改造車のプラモ解説01:
「ザ☆ハイソカー/日産セドリック・グロリア(Y31型)」

 改造車ブームの後期に登場した高級車シリーズ。バブルの時代、日産セドリック/グロリアが「ハイソカー」と呼ばれた’80年代の後半、FRP技術が急速に進化したことでエアロパーツの成型が容易となり、改造車はより複雑で立体的な造形を纏うようになった。ボックスアートが当時のトレンドを明確に表現している。

【関連記事】【失敗しないランボ選び】いま注目!! プレ値がつかない「ガヤルド」は買いか? 「スクアドラ・コルセ」で検証

Y31セドリック改造車のプラモデル画像はこちら

’80年代改造車のプラモ解説02:
「グラチャン/トヨタ・セリカLB」

 当時の主流であったグラチャンシリーズ。人気の高かったトヨタ・セリカLB(リフトバック)をモチーフに、憧れであったレーシングジャケットやペッタンコミラー、ハヤシストリートのアルミホイールを装備。後期型ではなくスマートなバンパーを装備する5本バナナテールの前期型をベースにている所が心憎い。

セリカLBの改造車の箱絵画像はこちら

画像ギャラリー