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「竹ヤリ出っ歯」に「ゼロヨン」! 眉をひそめられながらも昭和の若者が熱狂した「不良カスタム」文化

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TEXT: 並木政孝 PHOTO: 高桑秀典/賀川真弥/写真AC/Auto Messe Web編集部

  • エンジンのオーバーホール
  • エアロパーツの塗装
  • スーパーシルエットレース車両
  • 外付けオイルクーラー
  • 5代目スカイラインの走り
  • 5代目スカイラインのリヤスタイル
  • 5代目スカイラインのフロントマスク
  • スズキGS400
  • 5代目スカイラインのリヤスタイル

反体制なんかじゃない! とにかく楽しんでいた昭和の不良カスタム

スズキGS400

※写真はイメージです

 今は昔、約40年も前の話。昭和50年前後の日本は若者にとって天国と地獄を混ぜ合わせたような時代だった。「若者たちは持て余す力をどこに向ければ良いのかがわからず、校内暴力や喧嘩が日常化し、荒れ狂った時間を過ごしていた」と、有識者たちが新聞やニュースのコラムには書いていた。だが、当事者たちはそれほど深刻に考えていなかったのが本音である。5代目スカイラインのフロントマスク

 暴走族も喧嘩も“成り行き”で楽しんでいたら「そうなっちゃった」だけで、体制に反抗する気持ちもなければ、親に対する不満で不良になったヤツはそう多くない。16歳になるとバイクを手に入れて改造を楽しみ、18歳になるとクルマへと乗り換えるのが当たり前の時代。現在のファッションのように他人との差別化としてカスタムを競い合いながら、派手さを増してしまったのが「改造車」であり、最終的に行き着いたのが竹ヤリ、出歯のチバラギ仕様なのだ。今思えば本来は「チバラキ」と呼ぶのが正解なのだが、茨城を「いばらき」と読めなかった若者(茨城県民以外)たちはそう呼んでいた。

グラチャンやSSマシンなどのレーシングカーがお手本に

 加熱した改造車の元を辿れば、レーシングカーを真似ることから始まった。最初は510ブルやハコスカ、初代セリカのダルマ、初代トレノ/レビンなどに小さなチンスポ(チンスポイラー)とリヤスポイラーを取り付けた程度から始まる。そして、最終的にはグラチャンと呼ばれる「富士グランチャンピオンレース」のサポートレースとして始まった「スーパーシルエットレース(通称:富士SS)」に登場した、ド派手なマシンがお手本になっていく。巨大な前後スポイラーと張り出したフェンダー、そのフェンダーに収めるホイールはリム幅が15Jに迫るワイドなものとなり、これで公道を走っていたのかと思い返せば狂気の沙汰以外の何モノでもない。スーパーシルエットレース車両

改造パーツはなく今でいうDIYで大なたを振るうべく大改造

 現在のようにカスタムパーツとして部品が豊富に存在しなかった昭和50年代。改造するために若者たちはない知恵を絞り、手を動かした。改造車が爆発的に増えるまでは板金屋や塗装屋は補修をするだけだったが、複雑な形状を作り出すためにFRP技術や板金技術を磨き、塗料の調合やマスキング技術を実践で学んでいったのだ。エアロパーツの塗装

 当時、中学や高校から大学へと進学しない男子には板金塗装工場や自動車修理工場、自動車ディーラーに就職する人も多く、その仲間(先輩・後輩を含む)を中心に輪が広がっていったのである。この記事を呼んでいる人のなかにも、営業時間が終わった工場やガレージに集まってクルマを改造したという思い出を持つ人も多いのではないだろうか。

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