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少年を熱狂させたランボルギーニは水面下で苦難の連続だった! トラクターから始まったその歴史を紐解く

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TEXT: 高桑秀典 PHOTO: 高桑秀典

スーパーカーブームで世界を熱狂させるも経営難が続く

 カナダの石油王であり、またF1チームのオーナーとしても知られたウォルター・ウルフ氏が、ランボルギーニにオーダーして製作したスペシャル・カウンタックの存在もスーパーカーブーム全盛時に子どもたちを熱くさせたことは周知のとおり。一躍、日本においてもクルマ好きであれば誰もが知る有名なブランドとなったが、創業以来、数少ない自社製品を熟成させることで高級GT/スーパーカーマーケットに迎合してきたランボルギーニの経営は厳しかった。具体的に説明すると、こういうことだ。フェルッチオ・ランボルギーニ

 1971年にボリビアで発生したクーデターにより、トラクター(5000台)の購入契約がキャンセルとなり、株式の51%をスイス人投資家に売却。オイルショックの影響で1974年にさらに経営難となり、残りの株式である49%をスイス人投資家の友人に売却することとなった。それによって、創業者であるフェルッチオ・ランボルギーニが会社から退くことになる。

 こうして求心力がなくなったランボルギーニは、1978年にBMWから委託されていたシャーシ製造の遅れから提携が解消され倒産。イタリア政府の管理下に置かれることとなった。1981年にフランスの実業家に買われ、その後1987年にクライスラーの傘下となり、1993年にインドネシアの新興財閥であるメガテックに譲渡されたランボルギーニは、1999年からアウディ傘下としてスーパーカーを生産している。

アウディ傘下となりプレミアムカーブランドとして大成功を収める

 ちなみに倒産し、アウディ傘下となるまでのランボルギーニがリリースしたのは、カウンタックの発展版であるシルエット、1981年発売のジャルパ、1986年発売のLM002、1990年発売のディアブロしかなかった。クライスラー傘下時にF1グランプリに参戦したりしていたものの、この時期がいかにツラかったのかを窺い知れるだろう。Minardi 191B F1

 アウディ傘下となったランボルギーニは、ディアブロの後継モデルとして2001年にフラッグシップのムルシエラゴをリリースし、2003年にV型10気筒エンジンを積んだガヤルドを送り出した。脆弱だった経営基盤が改善されたことにより、レヴェントンのような限定モデルを2007年にリリースしたランボルギーニは、2011年にアヴェンタドール、2013年にヴェネーノ、2014年にウラカン、2016年にチェンテナリオ、2018年にウルスを発売し、今日に至っている。

 過去にインスパイアされ、未来を紡ぐモデルとして2021年にカウンタックLPI 800-4を発表したランボルギーニの今後にも期待したいと思う。

カウンタックLPI 800-4

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  • カウンタックLP500S ウルフ・スペシャル ♯1のシザースドア
  • ランボルギーニ350GTVのフロントスタイル
  • ランボルギーニ・ミウラの生産ライン
  • ランボルギーニ・カウンタック
  • Minardi 191B F1
  • カウンタックLPI 800-4
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  • 高桑秀典
  • 高桑秀典
  • 本業はフリーランスのライター兼エディター。1998年に買ったアルファ ロメオGT1600ジュニア(通称:水色号)を現在も愛用しており、すでに総走行距離が30万8000kmオーバーとなっている(2022年4月中旬現在)。クラシックカーラリーに水色号で参戦取材することがライフワーク(?)となっており、群馬をホームタウンとして開催されている「スプレンドーレ」では、柴犬を“ワン・コドライバー”、秋田犬を総監督として挑んでいる。全国各地に水色号でお邪魔しているので、これからも走行距離が順調に伸びる予定。
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