「セドグロ」から一気に拡大したエンジン戦争! トヨタvs日産のターボバトルとは (1/2ページ)

「セドグロ」から一気に拡大したエンジン戦争! トヨタvs日産のターボバトルとは

日本のクルマにターボが付けられた意外なわけ

 現在では当たり前、ある意味においては必要不可欠なエンジンデバイスとなっているターボチャージャー。だが、日本でのその登場はなかなか興味深い経緯をたどっている。高度経済成長期の日本がぶち当たってゆく環境問題にクルマもまた入り込んでいった。その時ターボは出力向上を掲げてではなく、いわば隠れ蓑とも言える排ガス問題から抜け出す手立ての技術として、国のお墨付きを得て現れたのである。

まずは排ガスクリアのハードルを超え

 振り返れば、日本のモータリゼーションは大気汚染防止、公害発生抑止のため、排出ガス対策という重い課題を背負ってきた歴史がある。

 事の発端は1970年代初頭に新宿牛込柳町の交差点付近で発生した自動車排出ガスによる鉛汚染公害だったが、すぐに排出ガスに含まれる窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素による大気汚染が問題視されるようになり、日本の自動車メーカーは昭和50年、51年、53年と、順次段階的に決められた排出ガス規制値を達成することが義務付けられ、文字通り企業の総力を傾注して取り組む経緯となっていた。

 この間、当然ながら、自動車の性能向上に関する対応は一切不可。世評に従えば、有害な排出ガスをまき散らしておきながら、出力向上、高速性能の引き上げとはいったい何事だ、ということになる。とにかく、何をするにも、まず排気ガスをきれいにしておけ、という風潮だったのである。日本初のターボエンジン搭載車は430セドリック/グロリア画像はこちら

 それだけに、1970年代の数年間を排出ガス対策に費やした自動車メーカーが、その目標値を達成すると自ずと向かう方向は一致していた。それまで許されなかった性能向上である。

 急速燃焼と多量のEGR還元+酸化触媒(NAPS-Z)で昭和53年排出ガス規制値をクリアした日産は、失われたパワーの復活手段としてターボチャージャーの実用化を考えた。酸化触媒に代わってすぐに登場した三元触媒は、理論空燃比14.7対1で最大浄化効率を発揮することから、出力を稼ぐ過給システム(ターボチャージャー)とは相性がよかったのである。

 ちなみに日産のターボ技術は、510ブルーバード、610ブルーバードU、710バイオレットをテストベッドに特殊車両課が継続的に開発を進めていたもので、1979年、市販車としては日本初となる430セドリック/グロリアに搭載されて実用化された。

 おもしろのいは、出力を引き上げるためのターボシステムが、なぜ法人ユースでも使われるパッセンジャーサルーンのセドリック/グロリアで初採用になったのかということだが、その背景には運輸省の認可という問題が大きく関係していた。SOHC直列6気筒のL20型ターボ画像はこちら

 当時の運輸省は、現在とは異なり、動力性能や運動性能の向上に関するメカニズムの認可に対してはきわめて神経質で、ターボシステムを出力向上のために使用という理由では認可しない方向だったのだ。このため日産は、ターボシステムの採用を燃費性能向上のためという理由に置き換え、最も動力性能、運動性能のイメージからほど遠く、大型重量級であることから燃費性能が芳しくないサルーンカーのセドリック/グロリアに搭載して申請したのである。

 エンジンは、当時の日産主力エンジンSOHC直列6気筒のL20型にギャレットエアリサーチ社製のターボチャージャーを組み合わせた仕様で、自然吸気の130psに対してプラス15psの145psを発生。数値的には非常に抑えた出力だったが、過給効果により最大で3.5kg-mのトルク向上を果たし、回転全域でピックアップトルクに優れたエンジン特性に生まれ変わっていた。L20型ターボ搭載のフェアレディZ画像はこちら それにしても、役所の認可システムとはおもしろいもので、セドリック/グロリアで認可をとったL20型ターボエンジンは、その後すぐにスカイラインGT、ローレル、レパード、フェアレディZに転用され、日産の主力高性能エンジンとして市場に浸透していった。

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