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クルマ好き「永遠のアイドル」! なぜあの頃少年は「カウンタック」に恋焦がれたのか

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TEXT: 高桑秀典(TAKAKUWA Hidenori)  PHOTO: 高桑秀典/LAMBORGHINI/写真AC/Auto Messe Web編集部

スーパーカーはカウンタックしか知らなかった

 本稿を書くにあたり、往時も現在もクルマに詳しくない、とある同世代の男性にインタビューしてみたのだ。彼は「スーパーカーブームのときって、幼稚園児ぐらいの年齢だったから、ミウラもイオタもよくわからなかったなぁ。まあ、いまも、そのあたりのことはよくわかっていないんですけど……」。ランボルギーニ・ミウラSVR(左)とランボルギーニ・ミウラ(右)

「でも、そんなボクですら、子どもながらにカウンタックのことは知っていたね。正直に告白すると、スーパーカーはカウンタックしか知らなかった。ドアが上に開くぞ! スゲェ~ぞ、このクルマ! って思っていたことを憶えているね」と熱くアツく語ってくれた。ランボルギーニ・カウンタックLP400

日本人はカウンタックが大好き

 以前、トヨタMR-Sをベースとしたカウンタック LP500を紹介する『Auto Messe Web』の記事のなかで、オーナーのコメントとして「自動車趣味人ではない普通の方々は、面白いことにディアブロもアヴェンタドールも全部カウンタックだと思っているんですよね。日本人はカウンタックが大好き。それに尽きると思います。ぼくの周りの人たちも、みんなカウンタックが大好き」と書かせてもらったが、もはやカウンタックはスーパーカーと同義語ということなのだ。ランボルギーニ・カウンタックLP500レプリカ

 SNSなどが存在していない時代にスーパーカー消しゴムの改造方法が全国共通だったのは、カプセルトイの手動式自動販売機が店頭に置かれていた駄菓子屋が媒体となって、街から街へと伝わっていったからだと解釈している。子どもたちの間で“ドアが上に開くカウンタック LP400ってスゲェ~ぞ!”というウワサも駄菓子屋を通じて浸透していったのである。駄菓子屋にはスーパーカーグッズがたくさん売っていた そういったこともあり、すっかりインスパイアされてしまったある者は、その後、実際にカウンタック LP400をはじめとするスーパーカーのオーナーとなり、またある者はオーナーになるという夢を抱き続け、筆者のように大量のスーパーカーグッズをコレクションしてしまったのであった。スーパーカー消しゴム 最後にカウンタックのヒストリーを改めて記しておくと、プロトタイプのカウンタック LP500が一般公開されたのは1971年のジュネーブ・ショーでのことだった。そう、今年でちょうど50年なのだ。筆者も1971年生まれなので、キング・オブ・スーパーカーとして知られるカウンタックと同じ歳である。ランボルギーニ・カウンタックLP500 みんなのアイドルで、ランボルギーニの未来を切り拓き、筆者が自動車関連の原稿を書くという現職に就くきっかけとなったカウンタック LP400は、いつの時代にも忘れることができないスーパースターだ。

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  • 高桑秀典(TAKAKUWA Hidenori)
  • 高桑秀典(TAKAKUWA Hidenori)
  • 本業はフリーランスのライター兼エディター。1998年に買ったアルファ ロメオGT1600ジュニア(通称:水色号)を現在も愛用しており、すでに総走行距離が30万8000kmオーバーとなっている(2022年4月中旬現在)。クラシックカーラリーに水色号で参戦取材することがライフワーク(?)となっており、群馬をホームタウンとして開催されている「スプレンドーレ」では、柴犬を“ワン・コドライバー”、秋田犬を総監督として挑んでいる。全国各地に水色号でお邪魔しているので、これからも走行距離が順調に伸びる予定。
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