プアマンズポルシェの渾名は人気がゆえの嫉妬か! 初代「Z」と「RX-7」の偉大なる実績 (1/2ページ)

プアマンズポルシェの渾名は人気がゆえの嫉妬か! 初代「Z」と「RX-7」の偉大なる実績

この記事をまとめると

  • プアマンズポルシェと揶揄された日本のスポーツカー
  • 欧州スポーツカーをライバルにした初代フェアレディZ
  • ポルシェ924に似たスタイルで揶揄された初代RX-7

 

北米で大成功もプアマンズの蔑称で揶揄された初代フェアレディZ

 ちなみに初代フェアレディZは北米市場で大ヒットし、グローバルでは約55万台が販売された。逆に日本では極少数台のリリースであった。それもそのはず、「Z」が付かないフェアレディ(1962〜1970年生産)は、1952年登場のダットサン・スポーツ(日産の海外向けブランド名、一部日本でも使われていた)を起源とするオープンカーで、フェアレディ=貴婦人の名に恥じない美しいスタイリングのクルマであった。そこで当時の北米市場を統括した故・片山 豊氏が『北米で販売される欧州のスポーツカーに負けないクルマを作ろう』と発案して誕生したのが初代フェアレディZで、時代に合わせて貴婦人路線から一転、本格スポーツカーに転身したという経緯があった。S30型240ZGのリヤスタイル

 この初代フェアレディZは北米ではダットサンZとかZ(ズィー)カーといった愛称で呼ばれるほど親しまれ、TVや雑誌などで度重なり紹介されるほど注目を集める。“日本でもスポーツカーを作れる”ことをすでに自動車大国であった北米相手に証明し、多くのユーザーに愛され続けた。そんな初代フェアレディZだが、その人気ゆえに揶揄されることになる。それがプアマンズ○○で、ようは貧乏人向けのスポーツカーという意味で囃し立てられ、その一例がプアマンズポルシェという蔑称だ。

スポーツカーゆえのスタイリングが初代RX-7にも烙印が押される

 このとばっちりを受けたのが画期的なロータリーエンジン搭載車の系譜モデルであり、1971年に登場したマツダ・サバンナの後継モデルとして1977年にデビューしたSA22C型初代RX-7だ。空力と視界を追求したリトラクタブル・ヘッドライトが印象的なスタイリングは、ちょうどポルシェ911の販売に陰りが見えてきたポルシェが、1975年に発売したFRモデルの924と似ている? と思われたことからそうなったのだろう。ポルシェ924

 ただし初代RX-7は日本国内での評価は高く、筆者は“プアマンズ○○”という言葉をRX-7を取り扱った雑誌の記事で覚えた記憶がある。いずれにせよコスモスポーツ以来、伝統のロータリーエンジンを積むことが前提のモデルであり、ロータリーならではのコンパクトなエンジンルームは必然のスタイル。百歩譲ってマツダの開発陣がポルシェ924を横目で見ていたとしても、開発期間の違いやコンピュータやインターネットが未発達の時代に、924を真似て開発できたかと考えると難しい。両車ともスポーツカーとして生まれたことを考えれば、スタイリングがどうしても似てしまうのは道理と言える。初代RX-7の真横スタイリング

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