セナをもってしても販売不振! 4代目プレリュードが日本で失敗したワケ (1/2ページ)

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セナをもってしても販売不振! 4代目プレリュードが日本で失敗したワケ

この記事をまとめると

  • 初代から継承したスペシャリティ路線を継承したプレリュード
  • VTECエンジン搭載など4代目モデルでスポーティさも訴求!
  • アメ車風味のスタイリングが受け入れられず大ヒットならず

固定式ヘッドライトを採用したアメリカ風味の4代目プレリュード

 1991年に登場した4代目プレリュードはインテグラやCR-Xで好評のDOHC VTECを搭載したことで、デートカーというよりはスポーツ路線を強化し、3ナンバー仕様のアメリカンテイストで登場した。プレリュードといえばバブル末期に一世を風靡したリトラクタブルヘッドライトの3代目がお馴染みだが、4代目は流麗な2ドアクーペのスタイリングも相まって、スポーティさが際立っていたモデルとなった。

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ホンダF1絶頂期にアイルトン・セナをCM起用してデビュー!

 1980年代、北米で高い評価を受けていたホンダは、1988年に3代目アコードをベースにした初代アコードクーペを逆輸入する形で日本でも発売。このアコードクーペは販売台数こそ多くなかったものの好評を得ていたことから、リトラクタブルから固定式ヘッドライトへと大きくデザインを変えたことが足枷となることなく、4代目プレリュードは日本市場で受け入れられた。もちろん当時は、第二期ホンダF1の絶頂期で、アイルトン・セナがCMに登場。F1の勢いも手伝って、「大胆なスポーツクーペスタイルと鮮やかな走りの新型プレリュードを発売」というキャッチコピーとともにセンセーショナルにデビューした。

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4代目プレリュードのフロントスタイル画像はこちら

スポーティさを押し出すもスペシャリティさも追求していった

 元々プレリュードは、当時のベルノ店のために開発されたモデルであったが、3代目モデルではサンルーフや日本初のABSの採用、世界初の4WSを搭載するなど、意欲的(実験的)なモデルであった。こうした実績から4代目モデルではより挑戦的な北米テイストで発売されたが、このチャレンジングな試みが第二期ホンダF1の活動とシンクロしたことで、技術力の高さをアピールすることに成功した。4代目プレリュードのサンルーフ画像はこちら

 ちなみにホンダは、4代目プレリュードをあくまでもスペシャルティカーとして定義しており、スタイリングは前席最優先のスポーティさを追求。運転席&助手席用のエアバッグや、TCS(トラクション・コントロール・システム)、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)、ビスカスカップリング式LSD(リミテッド・スリップ・デフ)を装備し、新開発の4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションや新開発の電子制御電動4WD(4輪操舵システム)、さらに新開発のH22A型2.2L直4エンジンを搭載。スペシャルティカーの頂点を目指した。ハイパー4WDの作動イメージ画像はこちら

ワイド&ショートボディがスポーツカーらしいスタイルを実現

 ボディサイズは全長4400mm(先代比−80mm)×全幅1765mm(同+70mm)×全高1290mm(同−5mm)のワイド&ショートボディとなり、前述した通り、スペシャルティさがウリの3代目に対してスタイリング面からも、よりスポーティさが極められていた。4代目プレリュードの真横スタイル画像はこちら

 また、インテリアは前席を優先したレイアウトを採用し、ホンダがラップラウンド形状と呼ぶワイドなバイザーレスタイプとしたことで、前席の高い視認性を確保。高性能なオーディオを優先した空間設計はスピーカーの位置や性能にも考慮したほか、当時必須のCDチェンジャーを大型センターコンソールボックスに配置するなど、前席優先の作り込みがなされていた。ちなみに助手席にはリクライニング機構と連動して背もたれ上部の角度が変わる中折れ機構を採用。疲労感を軽減できるようにするなど(一部モデル)、北米テイスト+前席優先のデートカーらしさもしっかり追求されていた。4代目プレリュードのインテリア画像はこちら

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