これぞニッポンのモノ作り! 「無いものは造る」でクルマ好きを虜にする技術集団「OS技研」って何もの? (1/2ページ)

これぞニッポンのモノ作り! 「無いものは造る」でクルマ好きを虜にする技術集団「OS技研」って何もの?

チューニングカー好きには有名な「OS技研」

 チューニングカー好きの人ならOS技研の名前を一度は聞いたことあるでしょう。クラッチやLSDといった駆動パーツを製造している会社というイメージが強いかもしれませんが、じつは無いものは造るというモノづくりスピリットにあふれた会社なのです。技術集団OS技研の過去、現在そして未来を紐解いていきます。

そもそもOS技研とはどんな会社?

 OS技研こと株式会社オーエス技研は、1973年に岡﨑正治氏が創業。当時の名前は株式会社オーエス技研ではなく、岡﨑スピードという名前でした。現在のように駆動系のパーツを製造していた訳ではなく、当初はオリジナルエンジンの研究開発をメインとしていた会社。後に岡﨑スピード技術研究所を略しOS技研と名付けられた社名のとおり、岡﨑氏自身の理論と経験、そして技術を基に活動していました。

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オリジナルエンジンの開発が現在の製品群につながる

 そんなエンジンの研究開発をしていたOS技研がなぜ駆動系パーツメーカーとして名を馳せるようになったのか? そのすべてのキッカケこそ、このオリジナルエンジンに由来しているのです。創業当時からオリジナルエンジンの研究開発をしていた岡﨑氏は、高速燃焼にこだわり日産の1.8L SOHC 4気筒エンジンであるL18型エンジンをベースに、DOHC&センタープラグ化した、のちにTC16と呼ばれるユニットの試作1号機を1974年に完成させます。

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 このTC16の成功を足掛かりに、岡﨑氏は本命である6気筒エンジンの開発に着手。日産の2.8L SOHC 6気筒エンジンL28型エンジンをベースに、こちらもDOHC&センタープラグ化を実施したTC24-B1と言われるユニットを完成させました。総排気量2870ccのこのユニットは、当時としては超高性能な325psという最高出力を発生しました。

強化駆動系パーツはオリジナルエンジンのための副産物

 これだけ高出力なエンジンを搭載したクルマならきっと速いはず……とOS技研の多くのスタッフが思っていましたが、実際に走らせてみると思ったよりも速くなかったそう。原因はクラッチが滑ってしまっていたこと。当時300psオーバーに対応したクラッチなどなかったのです。となると「無いものは造る」という精神でクラッチを開発。このときブルドーザーのメタルブレーキをヒントにし、メタルクラッチが誕生したとのこと。

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 そして完成したクラッチを装着して走行すると、今度はミッションがバラバラに……。すると次は強化クロスミッションを開発。今度こそ! という思いで走らせると、トルクがうまくタイヤに伝わらずクルマが真っ直ぐ走らない。ならばということでLSDが開発されました。

 こうして自身が開発したエンジンの性能をフルに発揮しようとした結果、強化パーツを自社で開発し、強化駆動系パーツに強い今日のOS技研が出来上がったのです。

オリジナルエンジンの副産物が会社を救った

 岡﨑氏が理想とした高性能ユニットTC24-B1は1980年に販売を開始しますが、超高額だったため、わずか9基しか売れませんでした。また、オリジナルエンジンの研究開発のための費用がかさみ、岡﨑スピード研究所は、経営が厳しくなってしまいます。

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 しかし、1980年代後半に訪れたターボによるハイパワーチューニングにより岡﨑スピード研究所は息を吹き返し、1988年には現在の株式会社オーエス技研に改組します。ここでOS技研が息を吹き返すことができたのは、ターボによる高出力化により、強化された駆動系パーツが求められたため。オリジナルエンジンで開発した副産物が、会社を救う結果となったのです。とくに1989年に登場したR32型スカイラインGT-Rが登場してから、OS技研の駆動系パーツは需要が大幅に高まりました。