「セレニッシマ」「ザウバーC2」「アバルト」にマニアも歓喜! ヴェルナスカ・シルバーフラッグを走った名車たち (2/2ページ)

フォーミュラはフロント・エンジンからミッド・エンジンに

 続いてはMonoposto(シングルシーター=レーシングフォーミュラ)から気になったモデルを紹介しましょう。まずはSIMCA Deho 1100から。デホは戦前からシムカのチューニングを生業としていました。これはちょうど、FIATに対するアバルトのような関係と言ったらいいでしょうか。

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SIMCA Deho 1100画像はこちら

 もっともシムカ自体がフランスに進出したFIAT、のようなものでアバルトがチューニングしたアバルト・シムカも有名です。ともかく、こちらのシムカ・デホは、1100ccエンジンを搭載したモノポスト=シングルシーター。SIMCA Deho 1100画像はこちら

 残念ながらクルマに対する細かなデータが見つからないのですが、フレンチブルーをアピールしているところが気になった1台です。SIMCA Deho 1100画像はこちら

 2台目の気になったMonopostoも、シムカ・デホ1100と同様に、戦後派ながらフロントエンジンの1台。当時のイタリアを代表するコンストラクター、と言うかスポーツカーメーカーのチシタリア(Cisitalia)がリリースしていたD-46/48です。チシタリアD-46/48画像はこちら

 チシタリアというと、ポルシェ事務所が設計に関わって1947年に完成したGPカーのTyp360が有名ですが、このD-46/48はFIATでさまざまなモデルは手掛けているダンテ・ジアコーザが設計したモデルです。1948年製となっていますが、そのネーミングからも推測できるように46年に登場しているD46の発展モデルと考えた方がいいでしょう。チシタリアD-46/48画像はこちら

 それはサスペンションなどを見ていっても充分に納得できるものです。そのサスペンションは、前後ともに一種のダブルウィッシュボーンで、横置きのリーフスプリングをアッパーアームと兼用。プリミティブと言えばこの上なくプリミティブですが、それでもポテンシャルは高く、1948年のイタリアF2選手権で優勝しています。エンジンはFIAT 508B用の1.1Lを搭載していました。チシタリアD-46/48画像はこちら

 3台目のMonopostoは、レーシングフォーミュラの歴史を語るうえで、決して見逃すことのできないエポックメイキングな1台、1958年式のクーパーT45です。F1GPの歴史に詳しいファンなら、初めてミッドシップレイアウトを採用したF1マシンと言えば、57年にデビューしたクーパーT43だということはご存じでしょう。クーパーT45画像はこちら

 元々はF2用として開発されたT43は、クライマックス製の2L直4、FPFエンジンを搭載して57年のF1GPにデビュー。翌58年のシーズン開幕戦となったアルゼンチンGPで見事優勝を飾っています。これがF1GPにおけるミッドシップレイアウト車輌による初優勝となりました。

 ただしT43が主戦マシンを務めた期間は長くなく、その58年シーズンには小改良を施したT45が、エースの座を継承していました。今回のヴェルナスカ・シルバーフラッグに登場したのは、この58年シーズン用の主戦マシン、T45です。

 そしてミッドエンジン車の初優勝はT43に譲ったものの、このT45もモーリス・トランティニアンが同年のモナコGPで優勝を飾っています。こんなにエポックメイキングなマシンなのに、ヴェルナスカ・シルバーフラッグのパルクフェルメでは、カルト級なモデルが数多くいて、振り返ってみたらサスペンションなどのディテールを撮り外していたという大失態でした。なので今回は走りが1カットだけですが、その歴史的価値を創造しながら眺めていただければ幸いです。

 そしてMonopostoの4台目は、一気に20年ほどタイムスリップして77年のF2マシン、マーチ772を選んでみました。マーチのレーシングカーは、西暦の下2桁+カテゴリーを示す番号で命名されていて772は77年シーズン用のF2というわけです。マーチ772画像はこちら

 そしてF1からF2、F3と商品をラインアップしていたマーチは、時としてF2をベースにF1マシンを仕立て上げたり、反対にF2を発展させてF3を製作したこともありました。そしてその時代背景を見てみると、苦戦しているカテゴリーに、主任設計技師であるロビン・ハードが注力することで、あるシーズンはF2マシンがライバルを圧倒するシーズンとなり、またあるシーズンはF3がライバルが圧倒するシーズンとなっていました。マーチ772画像はこちら

 78年シーズンのF2は、強豪シャシーが“乱立”したシーズンとなっていて、結果的にマーチ772は苦戦を強いられていました。そのために翌78年にはシャシーを一新し、また79年には完全なベンチュリーカー(グランドエフェクトカートも“ウイングカー”とも)に生まれ変わるなど、目まぐるしく改変が続く切っ掛けとなったモデルでもあります。ヴェルナスカ・シルバーフラッグで気になった車両を紹介画像はこちら

 しかし何よりも、明るいオレンジ色のボディにBetaのロゴが生えるカラーリングは、75年にヨーロッパを旅して、シルバーストンで初めて生で見たF1GPで目に焼き付けたワークス・マーチのカラーリングそのまま。このカラーリングだけでも、ぜひ紹介したい1台となったのです。ヴェルナスカ・シルバーフラッグで気になった車両を紹介画像はこちら

 ただし、このシーズンにはF1でもF2でも、工具メーカーのBetaは、タイトルスポンサーを外れていましたから、別にマーチのワークスカーというわけではないのですが……。