トヨタ車のナビが表示する「豆知識」に潜む広告戦略
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は「車載ナビの豆知識」。クルマのエンジンをかけた瞬間に表示される何気ない“豆知識”のようでいて、じつはその裏に地域経済の活性化や広告戦略が隠れています。
押し付け感のないお役立ち情報は地域経済を盛り上げるプロモーション
朝、トヨタ車のエンジンをかけると、控えめな電子音とともに画面に表示されるひと言がある。
「本日は○○の日である」
「近くにおすすめの観光スポットがある」
「人気のお土産店をご紹介する」
眠気の残る頭に唐突に差し込まれるこの「豆知識」は、妙に印象に残る。まるで道案内役の小さなコンシェルジュが助手席に座っているかのようだ。
この機能は、トヨタのT-Connectやナビゲーションシステムの一部であり、GPSとインターネットを活用し、車両位置に応じた記念日情報や観光地データを表示する仕組みである。
情報源は自治体や観光協会、公共データベース、提携する商業施設など多岐にわたる。これは単なる「雑学」ではなく、観光振興や地域情報発信の一環として組み込まれているのだ。
「近くの観光地」や「人気のお店」の表示を見ると、「これはスポンサー情報ではないか」と感じてしまうだろう。その答えは「一部はYES」である。
自治体や観光協会との連携による無料情報もあれば、観光施設や店舗がプロモーション契約を結んで掲載されるケースもある。これは、いわば「デジタル版・道端の看板」のようなものだ。
とはいえ、テレビCMのように露骨な広告ではなく、ドライバー体験に自然に溶け込む形で提供されているのが特徴だ。表示のタイミングや内容も控えめであり、「押し売り感」はほとんどない。
しかし、先日、神奈川県の横須賀近郊をドライブしていた際、横須賀発祥の「スカジャン」の店を紹介された。龍や虎、富士山や軍艦が刺繍された派手なジャンパーであり、非常に個性的で大衆向けとは言い難い。たしかに横須賀の地元の名産ではあるが、食堂や休憩場所ならともかく、「スカジャンの店」の紹介は驚きであった。
メーカー側は車内を「情報の窓」に変えようとしている。つまり、エンジン始動から目的地到着までの間、さりげなく地域の魅力や記念日ネタを流すことで、ドライバーに「小さな気づき」を与えているのだ。
旅先で「さきほどナビに出ていたあの店に行ってみようか」となる、といった偶然の一歩を演出するのが狙いである。
道路を走るだけだったクルマが、いまや情報の伝え手としてドライバーに話しかけてくる。その背後には、地域経済の仕掛けと企業のマーケティング戦略が潜んでいる。
朝のひと言は、単なる雑学ではなく、観光・広告・テクノロジーが交差する現代の「ささやき」なのである。




































