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モンツァで世界速度記録を樹立! フィアット アバルト 750が証明した「小排気量で高性能」のプロローグ

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:極限まで空気抵抗を削ぎ落としたフロントマスクだ。かつてモンツァで数々の世界記録を打ち立てた伝説の息吹を伝える
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:斜め後方からの美しい眺めだ。カロッツェリア ピニンファリーナが手掛けた芸術的なエアロダイナミクス造形を堪能できる
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:フロントからリアへと流れるストリームライナー形状だ。当時のアバルトの情熱と技術力がこの車体に凝縮されている
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:コクピットを上部から捉える。空気抵抗を徹底して減らすため、キャノピーは美しいティアドロップ形状でデザインされた
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:赤いキャノピーのディテールだ。この密閉された極小空間で、ドライバーは想像を絶する熱や轟音にひたすら耐え続けた
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:ボディサイドで輝くピニンファリーナのエンブレムだ。優れた空力ボディとの融合が、前人未到の大記録を打ち立てた
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:地を這うような流麗なサイドビューだ。ドライバーは極小のコクピット内で過酷なレコード挑戦を何時間も戦い抜いた
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:オートモビル カウンシルのテーマ展示を飾る。かつて山中湖の美術館に展示されていたという歴史的価値の高い至宝だ
  • フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ:低く滑らかなノーズだ。「FIAT ABARTH」の誇らしげなレタリングが、スピード記録への飽くなき挑戦を物語る

レコードカーの空力ボディ! 1950年代を駆け抜けたアバルトの挑戦

2026年4月10日から12日にかけて、千葉・幕張メッセで「オートモビル カウンシル 2026」が開催されました。今年のテーマ展示「Designed by ピニンファリーナ」から、イベントのアイコンとして注目を集めた「フィアット アバルト 750」のレコードカーに焦点を当てます。アバルトとピニンファリーナが協業し、数々のスピード記録を打ち立てた歴史的な背景と小排気量マシンの詳細を解説します。

ピニンファリーナが描いた究極の流線形、モンツァで吼えたアバルト 750 レコードカーの軌跡とスピードへの情熱

毎年4月に千葉・幕張メッセで開催される「オートモビル カウンシル」。近年では、主催者がセレクトした「テーマ展示」コーナーがメインスペースを飾るのがなかば通例となっているようだ。

今回のイベントレポートでは、イベント全体のアイコンともなったピニンファリーナ珠玉のモデルたちから、1958年にFIA世界スピード記録チャレンジへ投入された「フィアット アバルト 750」のレコードカーに焦点を当てて深掘りしていこう。

1950から60年代の自動車界において、「スピード」の価値は現代のそれをはるかにしのぐ夢と憧れの対象であった。ヨーロッパをはじめとする世界中の自動車メーカーが、持てる技術力を発露する場としてサーキットを舞台とする「FIA(世界自動車連盟)」公認のスピード記録にチャレンジしていた。日本からも「トヨタ 2000GT」や「プリンス/日産 R380」など、続々とチャレンジャーが現れた時代だ。

そのなかでも、まだ新興のチューニングカーメーカーに過ぎなかったアバルトは、FIA公認のスピード記録チャレンジにとくに力を入れていたコンストラクターのひとつである。

「アバルト&C.」と開祖のカルロ アバルトが、FIA(国際自動車連盟)の公式監視のもとに行われる世界スピード記録に初めて挑んだのは1956年6月16日から18日のことだ。舞台は、のちにアバルトの伝説を数多く演出することになる、ロンバルディア州ミラノ近郊の「アウトドローモ モンツァ(モンツァ サーキット)」である。

この年、発売されたばかりだった世界初の量産チューンドカー「750デリヴァツィオーネ」の実力を世に知らしめるためにレコードカーが開発された。アバルト技術陣による完全新設計の鋼管スペースフレームに、地元トリノのカロッツェリア「ベルトーネ」が製作したアルミ製ボディを架装する。市販型アバルト 750デリヴァツィオーネの水冷直列4気筒OHV 747cc・41.5psのエンジンを44psへとチューンアップして搭載した。

そしてこのマシンと、当時からアバルトの使い手として知られていた4人のレーシングドライバーは、24時間にわたってモンツァ サーキットを周回する平均速度で、500から750ccの「クラスH」世界記録を達成する。

「小排気量でも高性能」という「アバルト伝説」を築き上げた「レコルド・モンツァ」誕生とピニンファリーナの空力

翌1957年5月になると、ついにカロッツェリア「ピニンファリーナ」とのコラボレーションがスタートする。より空力的に洗練されたエアロストリーム(流線型)ボディを製作したのだ。

前年と同じく750デリヴァツィオーネ用エンジンを搭載したクラスH車両と、アバルトの手で排気量を縮小して再チューンを行った「アルファロメオ ジュリエッタ」用直列4気筒DOHCエンジン(1059cc)を搭載した「クラスG(750から1100cc)」車両の2台が製作された。その結果は、2クラスともにモンツァでのスピード記録を再更新するという目覚ましいものであった。

また同年7月には、名匠ジョアッキーノ・コロンボ技師を招聘して新設計した「ビアルベロ(DOHC)」ヘッドを組み合わせる747ccエンジンを、ピニンファリーナ製ボディに搭載したマシンを新規開発する。モンツァ サーキットにて、200マイル、500km、3時間の3部門でワールドレコードを更新することになる。

さらにその後のチャレンジでも、500km、500マイル、1000kmの距離部門や、48時間、72時間といった時間部門で新記録を続々と樹立してみせた。

流麗で美しいストリームライナーボディに目を奪われがちだが、当時のレコード挑戦は過酷を極めた。極小のコクピットに押し込められたドライバーは、想像を絶する熱や振動、そして轟音に耐えながら何時間も走り続けなければならなかったのだ。この美しさと狂気のギャップもまた、当時のレコードカーが放つ凄みのひとつである。

アバルトが創るエンジンの耐久性と効率性を実証するうえで、ピニンファリーナ製の超空力的ボディが大いに役立ったのだ。

そして、これらモンツァにおける活躍から、1958年にデビューした750ccのレーシングGTには「レコルド モンツァ(Record Monza)」の愛称が与えられた。

時を超え幕張で再会した伝説の流線形。山中湖「ギャラリー・アバルト」の記憶を呼び覚ますピニンファリーナの至宝

ところで、今回のオートモビル カウンシルにてテーマ展示のコーナーに置かれていたピニンファリーナ作品については、いずれも詳細の説明はなされなかった。しかし、この「フィアット アバルト 750 レコルド エンデューロ ピニンファリーナ」については、筆者の記憶が確かならば、かつて山梨・山中湖にて一般公開されていた「ギャラリー アバルト」のメインステージを飾っていた個体と思われる。

この「ギャラリー アバルト自動車美術館」は2007年に惜しまれつつ閉館してしまったため、現在ではオールドファンの間で語り継がれる貴重な場所となっている。

あのころ同館へ足しげく通い、Y館長からパイプたばこの手ほどきを受けていた筆者としては、今回の会場でも懐かしい思い出とともに、この流線型の美しいボディラインをひたすら眺めていたのである。

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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