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右ハンドル仕様でアズーロ色は世界に3台だけ! 約5700万円で落札されたフェラーリ「365 GT4 BB」は超バーゲンプライスだった

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TEXT: AMW編集部  PHOTO: RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

30年間乗られずに保管された365 GT4 BBは色も仕様も超希少な世界に3台だけの個体

2026年7月8日に英国で開催されたオークションに、フェラーリ初の水平対向12気筒エンジンをミドシップに搭載した「365 GT4 BB」が登場した。走行距離わずか1万9481マイル(約3万1350km)にとどまる奇跡的とも言える車両だ。さらに365 GT4 BBの総生産台数は387台と非常に希少だが、今回登場した個体は、わずか58台のみ製造された右ハンドル仕様というからまさしくマニア垂涎モデル。メーカーの公式認定も取得した由緒正しき1台が歩んだ驚きのヒストリーと最終落札価格を紹介したい。

世界最速「302km/h」の最高速をカタログ値に掲げて宿敵ランボルギーニに対抗

1970年代後半の日本において、社会現象となったスーパーカーブーム。その主役として少年たちを熱狂させたのが、最高速度300km/hを公称するランボルギーニ「カウンタック」と、それをわずかに上回る302km/hを掲げたフェラーリ 365 GT4 BBであった。

当時の公称最高速度は、明確にライバルを意識した数値が設定されていた。実際のところ、当時の空力特性やタイヤの性能を考慮するとどちらもその速度域への到達は不可能であったが、この「たった2km/hの意地」こそが、当時のスーパーカー開発における熱狂とロマンの象徴と言える。

ランボルギーニ「ミウラ」やカウンタックの圧倒的な脅威に対抗するため、フェラーリは革新的なモデルを開発した。それが同社初の水平対向12気筒エンジンをキャビン後方へ搭載したロードカーである。のちに続くベルリネッタ・ボクサー(BB)シリーズの3モデルのなかで、もっとも軽く、もっとも速く、そしてもっとも希少な存在だ。総生産台数はわずか387台であり、今回出品されたイギリス市場向けの右ハンドル仕様に至ってはわずか58台しか製造されていない。

世界に8台のみのアズーロ・メタリザートのボディカラー&英国右ハンドル仕様で出荷

付属する当時の注文書のコピーによると、イギリスの伝説的な輸入業者であるマラネロ・コンセッショネアが1974年6月に発注した個体である。工場から出荷されたこの右ハンドル車は、アズーロ・メタリザート(工場出荷の純正メタリックブルーは、世界に8台のみ!)のボディカラーに、ブルーのレザーインテリアを組み合わせ、エアコンとVoxson製のラジオが指定されていた。

シャシー番号「18123」を持つこのクルマは、1974年11月にトラックでイギリスへ輸送された。輸入業者に引き渡されたのち、1975年1月にディーラーであるイアン・アンソニー・セールスに販売され、翌月に登録を受けて最初のオーナーの手に渡っている。

30年間ほとんど乗られずにガレージで大切に保管された後にフルメンテナンスで復活

1970年代から残る多数の請求書は、初期のメンテナンス記録を克明に証明している。ワークショップの請求書や車検証明書(MoT)が履歴の多くをカバーしており、出品時のオドメーターが示す1万9481マイル(約3万1350km)という低走行距離の正確性を裏付けている。

1987年5月までに1万6858マイル(約2万7130km)、1992年6月までに1万7852マイル(約2万8730km)を走行したのち、その後の30年間はほとんど乗られずに保管されていた。さらに、直近の10年間は著名なスペシャリストの元で整備が続けられており、2025年10月にはキャブレターのオーバーホールやブロワーモーターの交換を含む綿密なメンテナンスが施されている。

クラウン12台分の新車価格を誇る極上個体が約5700万円で落札

工場出荷時の正しいカラーコンビネーションを保ち、車台番号とエンジン番号が一致する「マッチングナンバー」の水平対向12気筒エンジンを搭載している。さらに、2016年5月にはフェラーリ・クラシケ(メーカー公式のクラシックカー認定部門)の「レッドブック」認証を取得しており、その由緒正しさは折り紙付きだ。ツールロール、ジャッキ、保証書、そしてオーナーズガイドも完備されている。

「The Woodcote Park Auction 2026」に出品されたこの個体には、23万ポンドから26万ポンド(邦貨換算約4991万〜5642万円)のエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。結果として予想価格の上限を上回る26万3750ポンド(邦貨換算約5723万円)で落札されている。

ちなみに、当時日本に輸入されたフェラーリ 365 GT4 BBの新車価格は1850万円であった。1974〜1975年当時の大卒初任給が約8万円前後、高級車の代名詞であったトヨタ「クラウン(5代目)」の上級グレードが約150万円という時代背景を考えれば、クラウンが12台以上も買えるBBがいかに天文学的な価格のスーパーカーであったかが容易に想像できるだろう。現在の大卒初任給(約24万円前後)を基準に、当時の1850万円を現代の物価水準へ換算すると、およそ5500万円以上に相当する計算となる。

今回、約5700万円という高額落札に至った理由は、「わずか58台の右ハンドル仕様」「アズーロ・メタリザートの工場出荷車両は世界に8台」「実走行約3万kmの極上コンディション」、そして「フェラーリ・クラシケ認定済み」という履歴が高く評価された結果である。

現代の物価水準に換算した当時の新車価格とほぼ同等の価値を維持している事実を見ても、かつて少年たちを熱狂させたスーパーカーブームの主役は、半世紀の時を経て、世界中のコレクターが熱視線を送る確固たる優良資産へと昇華した。ちなみに独自に調べてみたところ、365 BBの右ハンドル車が58台のみの生産であり、そのうちアズーロ・メタリザートで出荷されたのは、世界にわずか3台のみということらしい。この希少性からすれば、むしろ今回の5700万円は望外とも言えるバーゲンプライスだったのかもしれない。

※為替レートは1ポンド=217円(2026年7月15日時点)で換算

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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

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