昭和のオッサンは名前を聞いただけでニンマリ! 日産パルサーという消えた名車 (1/2ページ)

昭和のオッサンは名前を聞いただけでニンマリ! 日産パルサーという消えた名車

人気だったチェリーの後継モデルとして誕生

 現在その名が残っていれば、ノートのポジションにあたるだろうか。パルサーとは1970年にFF車として登場したチェリーの後継にあたるモデルで、初代N10型は1978年に登場。直4OHVエンジンを横置きし、前にストラット式、後ろはトレーリングアームの四輪独立懸架、そしてラック&ピニオン式はチェリーから受け継ぐもの。そのため当初はチェリー店などでの取り扱いで始まった。

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初代パルサーのリヤ画像はこちら

海外を見据えて開発され進化していった

 海外戦略モデルでもあったことから、デザインはどこか欧州テイストで、当初はチェリー同様にエンジン、トランスアクスルを上下(2階建て)に配するイシゴニス式(クラシック・ミニなどと同様)を採用するものの、途中でエンジン、トランスアクスルを直線状に配するジアコーサ式(現在主流のタイプ)に変更。同時にMTのほかにトルクコンバータとプラネタリーギヤを用いた一般的な構造の3速フルATも設定されるなど、意欲的に開発がなされたモデルである。

2代目は個性的な派生モデルも登場した

 バン仕様がN11型なのでN12型となった2代目は、ハッチバックはもちろんだが、独創的な2ドアのEXA(エクサ)が特筆。先代のクーペから新たにエクサと名付けられたのだが、直線基調のボディにリトラクタブルヘッドライトが備わる2ドアクーペで、ターボモデルも設定された。

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パルサーエクサ画像はこちら

 加えて4ドア仕様も追加されて、個性を強化。販売店が多数あった時代に、サニー以外のクルマが欲しいという層をから支持された。また、いち早くフェンダーミラーからドアミラーに変更され、海外戦略車(グレード名にはミラノという名があった)として、一層欧州的なモデルとして人気を集める。

2代目パルサーミラノ画像はこちら

 ちなみに当時の自動車雑誌には「パルサー」はクルマの名前らしくないという記述があったと記憶しているが、そのせいか海外の一部地域ではNXという車名を名乗った。これがのちのサニーベースのクーペである「NXクーペ」に繋がったのかもしれない。

4WDモデルを用意して悪路走破性を高めた3代目

 そしてカー・オブ・ザ・イヤーを獲得するN13型の3代目は、日本の4WDの礎となる、豪雪地帯でも安心して走れる常用4WDをラインアップ。それまで4WDと言えばスバルを除くとほとんどがRV車の範疇であり、現在のアテーサへとつながるトリプル・ビスカス4WDを採用したコンパクトな乗用4WDモデルの登場は、雪が降らない季節や地域でも普段使いできるとして画期的な存在であった。

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 当時、量産車世界初となるビスカスカップリング式4WD「トリプル・ビスカス・フルオート・フルタイム4WD」搭載車をラインアップしたことが高い評価を受け、日本は4WD大国となるのである。この4WDは雪以外にも大雨などでも安心につがなり、現在では日本の多くの車種に4WDが設定されているのはご存じの通りだろう。

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 姉妹車のラングレー、リベルタ・ビラ、パルサーから独立したモデルとなった、話題のキャノピー仕様もあるエクサとともに、日産初の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したのも納得だ。ほかにも上級グレードのスピーカーには世界ブランドのJBL製をオプション設定し、運転席ドア開口後部に専用の傘が収納できる“アンブレラポケット”を3ドアに設定。実用車にも4WDがあれば便利という日本車の流れは、パルサーが作り出したのだ。

競技で活躍したGTI-Rが誕生した4代目

 リベルタ・ビラやラングレーを統合してパルサーのみとなった4代目は、同門のブルーバードの弟分ながら個性を主張。このN14型はSR20DET型エンジンを搭載したGTI-Rが設定され、1.3~2Lまで用意されるパルサーのなかでも、尖がったモデルと言える。

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 ちなみにラリー仕様はブルーバードの十八番であったわけだが、ここでパルサーに移ったとも言える。リベルタ・ビラやラングレーと統合されたために販売チャンネルが増えたことも大きかったのだろう。3ドア4ドア5ドアのボディスタイルに加えて、MTがガソリン&ディーゼルを加えると非常にバリエーションが多く、日産がいかに幅広いユーザーに訴求していたのかがわかる。

 パルサーはチェリーを祖として生まれたモデルで派生車種も多く、日産を代表するモデルとは言えなかった時代があったと思う。もちろん、パルサー自体は海外ではサニーを名乗る場合もあり、世界的にパルサーの名が知れ渡ったとは言えないが、この時期、パルサーは日産を代表する車種まで上り詰めたといえる。