今も関西方面で眠っている?
「スーパーカーブームのときにミウラは新しいプロダクションモデルというイメージでした。シーサイドモーターには全部で5~7台ぐらいのミウラが来ましたが、どれもフェラーリと比較すると印象がよくなかったです」
「操縦安定性とコーナリングがダメでした。デザインが素晴らしいので、これは眺めて愉しむクルマだなと思っていたぐらいです。安全運転支援装置のようなものが一切ないので、スピードを出すと危ないわけです。ですが、ネイビーブルーのイオタレプリカは違ったので、あのクルマに乗ってランボルギーニが求めているものが分かりました」
「新車でシーサイドモーターに入ってきたミウラは2台ぐらいだったと思います。そのほかは5000~1万kmぐらい走行した中古車だったので、それらのクルマでは新車時の性能を味わう機会がありませんでした。ネイビーブルーのイオタレプリカは中古車でしたが、より新車に近い状態だったこともあり、各部がピシッとしていました。マフラーが直管で、もの凄い排気音によってコレは速い! と思った可能性もありますけどね」
「ちなみに、ミウラのフレームは弱く、時間の経過とともに剛性が下がります。それで直進性が悪くなるわけです。そのため、いまミウラのサスペンションだけを刷新しても意味がありません。フレームから直さななければならず、そういうところもミウラのレストアが難しい所以です」
「足がよく、排気音も豪快で、速いと感じたネイビーブルーのイオタレプリカは、購入者から寄せられた“ボディカラーが地味なので明るい色にしてほしい!”というオーダーでオレンジ色にし、関西方面にデリバリーしました。オレンジ色は私の発案でしたが、いま思うと赤にしておけばよかったです。ネイビーブルーを剥がし、リベットも全部打ち直したので大変な作業でした」
現在も見かける機会が多いネイビーブルーのイオタレプリカを船の前で写した写真はポスター用に撮ったもので、場所は本牧埠頭だった。写真を見ると向かって右側の補助灯は鞍さんが外して磨いたのでキレイだったが、左側は忙しくて作業できなかったことにより曇ったままで、光が乱反射してしまったそうだ。
当時はローダーがなく、自走で東名高速を走って納車したとのことで、その後もメンテナンスのときに引き取りに行き、横浜まで自走し作業を終え、また関西に納車して……というダイナミックな往復を3回ぐらいやったのだという。エアクリーナーを取り外し、ファンネルで納車したオレンジ色のイオタレプリカは現在もファーストオーナー(すでに故人)のところに再塗装されることなくあるのでは? とのこと。鞍さんによるとイオタレプリカのほかにシーサイドモーターからフェラーリも購入するほどの富豪なので、稀代のスーパーカーを託されたご子息は売る必要がないそうだ。
もしも今イオタレプリカを売るとしたら……
日本で一番ミウラに乗り、販売している鞍さんは、すでに30台以上をデリバリーしている。そのようなレジェンドに、いまオレンジ色のイオタレプリカを売るのであればいくらですか? という質問をインタビューの最後にしてみた。
「P400Sが2億5000万円で、P400もそんなに変わりません。P400SVは3億5000万円なので、オレンジ色のイオタレプリカはプラス5000万円の4億円ぐらいですかね」という。続けて次のようにコメントした。
「ランボルギーニの中でアガリグルマといえばミウラしかありません。そういう評価が現在の価格に表れています。永遠の価値があるもので、台数が限られていますが、みんなが憧れるクルマに乗って触れるわけです。クルマは走らせてなんぼなので、ちゃんと動くクルマをデリバリーするためには相応のキャリアが必要。1、2、3速でエンジンを何回転まで回すか、アシストがないブレーキをいつ踏むか、といったような基礎的なことを知ってから走らせないといけません。それを私が伝えていかなければならないと感じています」
自身の経験を若い世代に伝えていくことが大事と語る鞍さん。まだまだ山程ある面白エピソード伺うためにまたキャステルオートへお邪魔し、昔話を語ってもらうつもりだ。
(※今回の記事は鞍さんの記憶をもとに語ってもらったものです)
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