アメリカ国内に生息する唯一の1600VD
1973年10月以降のA110-1600Sは、従来のスウィングアクスル式後輪懸架から、その2年前にデビューしていた上級モデル「A310」と共通のダブルウィッシュボーンに変更。3穴のアロイホイールもA310と同じ4穴とした発展型1600S、いわゆる「1600VD」へと進化を遂げる。
この夏、RMサザビーズ「Monterey 2023」オークションに出品された1974年型A110も、この1600VDの1台である。
車両とともに保管されているルノー本社発行の生産証明書によると、このA110は魅力的な色合いのアルパイン・ブルーに仕立てられて、1974年2月25日にディエップ工場からラインオフ。新車時からエンジンナンバー#1173が搭載されるが、これは現在搭載されているエンジンのタグとマッチしている。
ロングセラーモデルから高度に発展したバリエーションとして、この1600VDはグループ4仕様オプションの軽量ファイバーグラス製バンパーを前後に備えるほか、小さなフェンダーフレア、大型のシビエ社製ヘッドライトとドライビングランプ、後期スタイルのAlpineロゴ、ボディサイドおよびボンネットのトリムなど、ほかのA110とは異なる多くの特徴を備えている。
またこの個体特有の特徴として、2連装されたウェーバー45DCOEキャブレターと「デビル(devil)」社製マニフォールド&エキゾーストを備えた1.8Lのワークス・レーシングエンジン、5速マニュアルトランスミッション、4リンク式サスペンション、ルノー「17」用のブレーキキャリパー&ローター、フロント配置のラジエーターなどを装備する旨がアルピーヌのレジスターに記されている。
さらにアルピーヌの定番、13インチの「ゴッティ(Gotti)」社製モジュラー4ボルトホイールを装着し、英「エイヴォン(Avon)」タイヤが履かれている。
前オーナーのフィリップ・ドゥ・レスピネイが調べたところによると、このA110はもともとフランスのグループ1ドライバーに新車として納車されたとのこと。この初代オーナーとともに何度もラリーに参戦したのちに、街乗り用のスポーツカーとして売却された。
1986年にこのクルマを購入したドゥ・レスピネイは、アメリカ合衆国に持ち込む。彼はクラシックカーイベントでこのマシンを愛用し、高いポテンシャルを証明した。
1995年にこのアルピーヌは、インディアナ州サウスベンドに在住していた故トム・ミトラーの有名なレーシングカーコレクションに加わる。記録に残るレース日誌が示しているように、ミトラーはアルピーヌをアメリカ中西部だけでなく、世界各地のイベントで熱心に走らせた。
そしてミトラーの没後、このA110はインディアナ州の大規模なプライベートコレクションにくわえられ、2020年に現在のオーナーがそのコレクションから譲り受けたという。
アルピーヌ・ルノーの記録を管理するオーナー協会によれば、この車両は、同協会が登録簿を発行した時点で、米国に存在することが確認されている唯一の1600VDとのこと。またヒストリーファイルとスペアホイールも付属していた。
アメリカでは超レアな1台ということもあってだろうか、RMサザビーズ北米本社は現オーナーとの協議の結果、15万ドル~17万5000ドルという、なかなか強気のエスティメート(推定落札価格)を設定した。ところが実際のオークションではビッド(入札)が進まず、終わってみればエスティメート下限を大きく割り込む11万2000ドル、つまりは約1650万円で落札されることになった。
現在の日本円に換算すればけっこうな金額なのだが、その本格的なラリー仕立てを思えば、ドル建ての落札価格は比較的リーズナブルともいえる。
だから、元祖アルピーヌA110はヨーロッパおよび日本では大人気を誇りつつも、やはりアメリカ市場好みではないのかも・・・・・・? などと感じられてしまうオークション結果となったのである。