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ニキ・ラウダも乗った! Mカラーをまとった最初のBMWがオークションに登場!「3.0CSLバットモービル」は1億円を超えることができたのか?

ニキ・ラウダも乗った! Mカラーをまとった最初のBMWがオークションに登場!「3.0CSLバットモービル」は1億円を超えることができたのか?

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: 2024 Courtesy of RM Sotheby's

ニキ・ラウダもテスト走行した個体ながら…

このほどRMサザビーズ「PARIS 2025」オークションに出品されたBMW 3.0CSLは、このモデルとしてはもっとも初期に製作された1台だったと目されている。

当時、欧州ツーリングカー選手権(ETC)制覇を目指していたBMWは、イギリスのレースチームとエンジニアリング会社である「ブロードスピード(Broadspeed)」と委託契約を結び、FIAグループ2スペックの新型3.0CSを開発することにした。ブロードスピードに課せられた条件は、ETC選手権における最強のライバルと言われたフォード「カプリRS2600」よりも2パーセント速く周回することだったといわれている。

1971年9月、ブロードスピード社に2台のE9のプロトタイプが納入される。しかし、真のCSL仕様に生まれ変わったのは、このシャシーNo.2211343の1台だけだった。

ブロードスピードは、同じく英国の「クーパー・カー・カンパニー(Cooper Car Company)」の協力のもと車体の剛性を高めるとともに、より軽量なアルミニウム製のドア、ボンネット、トランクリッドを装着し、ガス封入式のビルシュタイン製ダンパーを装備。

仏ポール・リカール・サーキットでの冬季テストに備えたが、元フォード・ドライバーのジョン・フィッツパトリック(1966年英国サルーンカー・チャンピオン)とBMWワークス・レーサーであるディーター・クエスターのラップタイムが、ともにフォード・カプリには及ばなかったため、契約は急遽終了となってしまう。

しかし、ブロードスピードはこのプロジェクトを自主的に継続し、のちに3度のF1世界チャンピオンに輝くニキ・ラウダが、シルバーストーンでテスト走行を行った。1972年7月号の「Motor Sport Magazine」誌によると、ラウダは自身が所有していた当時のF2マシンを引き合いに出しつつ、ブロードスピード製の3.0CSLを高く評価している。

BMWモータースポーツの象徴となったカラーリングの第1号車だった?

ブロードスピードは1972年4月、雪のザルツブルグリンクで開催されたヨーロッパ・ツーリングカー選手権に、シャシーNo.2211343を初投入。その後ミュンヘンのファクトリーに戻され、ブルー/パープル/レッドのストライプでリペイントされることになった。今やBMWモータースポーツの象徴となったカラーリングに仕上げられたのは、この車両が最初だったと考えられている。

1973年6月、カリフォルニア州ハーモサ・ビーチの「ヴァセック・ポラック(Vasek Polak)チーム」に売却され、BMWサービスアドバイザーのブルース・ポンダーのドライブにより、複数のツーリングカーレースに参加した。いわゆる「バットモービル」スタイルに改装されたのは、このアメリカ時代のことと思われる。

その後、この3.0CSLの足どりはいったん途絶えることになるが、1999年にスウェーデンのマルモエに移されたことで、再び表舞台に現れる。そして、FIAのクラシック公認証を取得して2002年の「ル・マン・クラシック」に出場したのち、2008年にドイツを拠点とする現在のオーナーに譲渡された。

RMサザビーズ欧州本社は

「すべてのレーシングCSLの父であるシャシーNo.2211343は、BMWモータースポーツの歴史において非常に重要なピースであり、それゆえに説得力のあるバックストーリーを誇っている」

というアピール文で称えるとともに、50万ユーロ~65万ユーロ(邦貨換算約8050万円〜1億465万円)という、当時モノのレーシング3.0CSLとしては比較的控えめなエスティメート(推定落札価格)を設定した。

ところが迎えた2月4日の競売では、締め切り段階に至ってもリザーヴ(最低落札価格)に届くことなく、残念ながら流札に終わってしまった。

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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