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逆走も信号無視も日常。それでも事故が少ないハノイを歩く【Key’s note】

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TEXT: 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)  PHOTO: 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)

ハノイの街はどこかゆっくりとしたペースで流れている

この無秩序な環境で、道路を渡るのもひと苦労に思えますが、これもまた不思議なことに、慣れてしまうのです。初めて道を渡ろうとしたときは、その一歩を踏み出す勇気が持てなかったのですが、しばらくして、道を横切るのがあまりにも自然になった自分に気づきました。道の真ん中に立ち、周囲を見渡しても、誰もが適度に避けて通ってくれるのです。日本では考えられないような光景ですが、この「流れ」を信じることができるようになった瞬間、自分もこの混沌に溶け込んだのだという気がしました。

なぜ、ハノイの道を渡ることがこんなにも自然に感じられるのでしょうか。

その理由のひとつは、流れの速度が比較的ゆっくりとしたものであるからだと思います。日本では、道路の整備が行き届いているため、クルマやバイクのスピードが速く、そうしたなかを横断するのは緊張感を伴います。しかし、ハノイの街では、どこかゆっくりとしたペースで流れており、そのなかに身を任せることができるように感じるのです。

また、ここには「路上の阿吽(あうん)」が存在しているように感じます。

日本の道路事情はどこか安全ボケしている

ベトナムでは、逆走や信号無視、無秩序な割り込みがあるのが前提として成り立っており、そのなかで自分もまたその一部として息を合わせていくような感覚があります。

これに対して、日本では交通の秩序が守られていることが当たり前で、逆走車が登場するとすぐに事故が発生します。日本の交通事情では、あらかじめ逆走車が存在することなど考えられませんから、その突然の出来事に反応できず、事故が起きてしまうのです。

日本では、逆走車が事故を引き起こすたびに、その責任を問う声が上がります。しかし、ベトナムの交通においては、逆走車や暴走車の存在が最初から「あるもの」として認識されているため、事故が少ないのかもしれません。むしろ、運転者も歩行者もその混沌に適応していると言えます。これが「慣れ」の力なのでしょうか。

ベトナムの交通から学べることがあるのだろうか、最初はそんなことを考えていました。しかし、こうした混沌とした状況で、交通の「流れ」をうまく受け入れ、日常生活を送ることができているベトナムの人々を見ていると、日本の交通にも何か足りないものがあるのではないか、という気がしてきます。

事故が減らない日本の道路事情は、どこか安全ボケしているのではないかという気さえします。日本では、交通ルールを守ることが当然とされていますが、それだけでは解決しない問題もあるのではないでしょうか。少しばかり余裕を持ち、流れを読む力を養うことも、交通の安全に寄与するのではないかと感じたのです。

結局、私はハノイの混沌とした交通事情に「慣れて」しまいました。驚き、戸惑い、ときには恐怖すら感じたあの日々も、今では懐かしい思い出となりつつあります。ベトナムの交通事情は、決して優れているとは言えませんが、そこには何か人間的な温かさや柔軟さが感じられるような気がします。それが、私にとっては何よりも新鮮で、学びの多い体験でした。

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  • 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)
  • 木下隆之(KINOSHITA Takayuki)
  • 1960年5月5日生まれ。明治学院大学経済学部卒業。体育会自動車部主将。日本学生チャンピオン。出版社編集部勤務後にレーシングドライバー、シャーナリストに転身。日産、トヨタ、三菱のメーカー契約。全日本、欧州のレースでシリーズチャンピオンを獲得。スーパー耐久史上最多勝利数記録を更新中。伝統的なニュルブルクリンク24時間レースには日本人最多出場、最速タイム、最高位を保持。2018年はブランパンGTアジアシリーズに参戦。シリーズチャンピオン獲得。レクサスブランドアドバイザー。現在はトーヨータイヤのアンバサダーに就任。レース活動と並行して、積極的にマスコミへの出演、執筆活動をこなす。テレビ出演の他、自動車雑誌および一般男性誌に多数執筆。数誌に連載レギュラーページを持つ。日本カーオブザイヤー選考委員。日本モータージャーナリスト協会所属。日本ボートオブザイヤー選考委員。
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