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小学生で「僕が乗る」と決意! 父から譲り受けたトヨタ「セリカLB」を宝物にする家族の形

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TEXT: 酒寄俊幸(SAKAYORI Toshiyuki/gasgraphix)  PHOTO: 酒寄俊幸(SAKAYORI Toshiyuki/gasgraphix)

  • 1975年式トヨタ セリカ リフトバック1600GTと岡本さんファミリー
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:ハンドルはナルディへと変更。内装は当時の空気感が漂う
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:父が購入し、岡本さんが装着したレカロシート。一生手放せない思い出のパーツだ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:自分専用シートに座ってご満悦の怜君。岡本家3代目のセリカオーナーになるべく、英才教育を受けている真っ盛りだ!
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:ルーバーは知り合いから譲り受けたもの
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:走りを意識したスタイルへとカスタマイズ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:当時の情報から学び、岡本さんがずっと装着したいと思っていたレーシングジャケット。リプロ品だが、セリカでこれを付けている姿は珍しい。稼働箇所は当時の希少品だ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:フェンダーミラーもステーレスタイプに変更されている
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:怜君の今一番のお気に入りの遊びは、ドアを開けてバックする仕草を真似することだ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:マフラーはシングルタイプを愛用している
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:縦型5連テールや、ガソリン給油口があるセンター部に輝くGTの文字に憧れる人は多い
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:1600GTのため、2T-G型ツインキャブDOHCエンジンを搭載。父が使用していた時のままで乗り続けている
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:助手席側には各種メーターを追加
  • ヨタ セリカ リフトバック1600GT:北米文化に憧れる岡本さん。このセリカが、日本の旧車テイストではなく、アメリカ寄りのスタイルを感じさせるのはそういう理由からだ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:通称LBと呼ばれる3ドアリフトバックは、当時も今も大人気だ
  • トヨタ セリカ リフトバック1600GT:美しいコンディションが保たれており、会場内でも目立っていた

お父さんから譲り受けた憧れのクルマは
日本初のスペシャリティカー「セリカ」!

1970年に登場した初代トヨタ「セリカ(CELICA)」は、当時発売されていた「カリーナ」をベースとし、1977年まで販売されました。2ドアクーペとのちにデビューした3ドアリフトバックという2種類のボディ形状に、1400cc(クーペのみ)から2000ccのエンジンを用意。特にDOHCエンジンを搭載した1600/2000GTは、当時も今も大人気車です。そんなトヨタ自慢のスペシャリティカー「セリカ」を家族で乗り継いでいるという、岡本さんファミリーをご紹介します。

家族が増えて全員が乗れなくなるまで
セリカLBは我が家のファミリーカー!

1975年(昭和50年)式の初代トヨタ「セリカLB」1600GTに乗る岡本さんファミリーのクルマは、深紅のボディに現在では珍しいヘッドライトを覆う「レーシングジャケット」とリアには日陰を作る「ルーバー」を装着していたことで、会場内でもかなり異彩を放った存在となっていた。だが、それ以上にこのクルマに興味を惹かれた理由が、助手席に装着されていたレカロのチャイルドシートだった。

「このセリカは、元々は私の父が乗っていた車両です。記憶が確かならば、私が3歳の頃には手に入れていたと思います。最初は父の従妹が購入し、それを譲ってもらったそうです。このセリカで保育園の送り迎えなどをしてもらっていたのですが、家族が増えたことでこれでは全員が乗れないということになり、ナンバーを切ったまま、父が働く職場に保管されていたのです」

岡本さんによると、父がたまにエンジンをかけて、敷地内を走らせてコンディションを維持。おそらく6〜7年ほどはその状態だったが、ある日突然「『ちょっとオールペン(全塗装)と車検に出してくる』という父の一言で、セリカの復活劇がスタートした」のだそうだ。

11歳の時に仕上がった赤いクルマを見て
感動のあまり「自分が乗る!」と決意!

「知り合いの鈑金屋さんが修理をしていたので、仕事が終わった父と一緒に、私はその作業風景をよく見に行っていました。少しずつ綺麗に生まれ変わっていくセリカを見て、とても感動したのを覚えています。でも、一番の衝撃は修理が終わって戻ってきたときでした。父と一緒にセリカが納車されるのを待っていたのですが、美しく塗られたこの赤いボディを見た瞬間に、このクルマは絶対に自分が譲ってもらうんだ! と決めたことでした」

ちなみに、3人兄弟の次男だという岡本さん。他の兄弟はまったくクルマには興味を示さず、このセリカを運転したことさえもないそうだ。11歳で絶対にこれに乗ると心に誓う小学生にはなかなか巡り合えないと思うが、父も「お前にあげるから、自分でセリカを綺麗にしなさい」と、中学生ごろからは洗車やワックスがけは岡本さんが担当になった。

18歳で免許取得後は、たまに借りてドライブをしたり、父と一緒にイベントに参加した。そして、22歳で名義変更を済ませ、念願のセリカのオーナーになったのも束の間、その1年後には父は他界。結果、それから10年以上ずっと岡本さんが乗り続けていることになる。現在も、たまに母を乗せて出かけたり、イベント時の岡本家のファミリーカーとしてこのように大活躍している。

「エンジンなどの基本的な部分は父が乗っていたままですが、レーシングジャケットやルーバー、ホイールなどは自分の好みで替えています。セリカのことを一所懸命勉強し、自分なりのかっこよさを追求しました。車両も雨天では絶対乗らず、普段はガレージ保管しています。そしていつかは、息子へとバトンを渡すのが目標です」

そのバトンを受ける候補なのが、岡本さんの御子息、怜君だ。助手席のレカロのチャイルドシートは、もちろん彼の専用席。お父さんである岡本さんの影響を受け、怜君もセリカが大好きだ。運転席に座ってハンドルを握っては、父の仕草を真似ているのだそうだ。岡本ファミリーの絆は、このセリカ無くして語れないのだった。

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