スチュードベーカー国立博物館は白眉! 「自由の国」の栄枯盛衰産業史を垣間見る
モータージャーナリストの中村孝仁氏の経験談を今に伝える連載。今回は、スチュードベーカー博物館を振り返ります。1966年に撤退したメーカーですが、そのルーツは「世界最大の馬車メーカー」にありました。インディアナ州にある国立博物館には、リンカーン大統領の馬車からポルシェ製エンジン搭載の試作車まで、驚きの歴史が眠っていました。
鍛冶屋から世界最大の馬車メーカーに成長!
国宝指定の16代大統領リンカーンの馬車も
読者の多くは、もしかすると「スチュードベーカー」という、かつてアメリカで繁栄した自動車メーカーを知らないかもしれない。このメーカーは1966年まで存在していたが、強大なビッグ3(ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラー)の前に、あえなく自動車産業からの撤退の憂き目に遭った。
スチュードベーカーの祖先は、ドイツからの移民である。元の名前はスチューデンベッカーというドイツ名だった。ドイツ時代の祖先は刀鍛冶であったが、やがてペンシルベニアに定住した彼らは、アメリカ的な呼び名であるスチュードベーカーとして、この地で鍛冶屋を営む。その後、経営難からインディアナ州サウスベンドに移り住み、馬車の製造を始めた。このビジネスが大当たりし、またたく間に会社が拡大。1880年には世界最大の馬車製造会社に成長したのである。
そんなわけで、スチュードベーカー博物館の1階展示室には、数多くの馬車がコレクションされている。なかでも圧巻の展示物は、国宝の指定を受けている第16代大統領、エイブラハム・リンカーンの使っていた馬車である。
この博物館は、単に自動車メーカーとしての歴史的車両を収蔵しているだけではない。より広く自動車以外のものまで所蔵しているのだ。現在はスチュードベーカー国立博物館として、多くの来場客を迎えている。
世界初のテストコース設置や速度記録の樹立
第二次世界大戦前までは破竹の勢いだった…
博物館が所在するのは、馬車の製造を開始したインディアナ州サウスベンド。ここは後に自動車の生産を開始した場所でもある。
最初のクルマ(じつは電気自動車だった)を販売したのは1902年のことだ。そして正式に自動車メーカーとしてスチュードベーカー・コーポレーションが誕生するのは、1911年である。この時点で電気自動車の生産から撤退し、ガソリンエンジンを搭載した自動車メーカーに変身した。
ドイツに源流を持つ家系だけに、販売もアメリカにはこだわらなかったようだ。1926年にデビューした「エルスカイン」はパリで発表された。アメリカ国内よりも、海外での販売の方が多かったという。
当初は自動車の街、デトロイトで生産を行っていたが、生産施設を1926年にすべてサウスベンドに移管した。同じ年には、自動車メーカーとして初めて、屋外のテストコース(プルービンググランド)を建設している。
そして第2次大戦前までに、同社のもっとも有名なモデルが複数誕生した。「コマンダー」「チャンピオン」「プレシデント」である。いずれのモデルも、第2次世界大戦をまたぎ、1950年代後半まで製造が続いた。スチュードベーカーの屋台骨を支えたモデルである。とくにプレシデントは、1928年から1933年にかけて打ち立てた陸上速度記録を、実に35年もの間保持した。この時代、デザインを担当していたのが、レイモンド・ロウイと、彼の事務所にいたヴァージル・エクスナーらであった。
























































