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自動車の世界初技術車がズラリ! イタリア国立博物館の豪華すぎる収蔵【クルマ昔噺】

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TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • イターラ35/45hp:1907年に開催された過酷な「北京ーパリレース」のウィニングカーであるイターラ35/45hp。1万6000kmもの荒野を走り抜き、2位に20日もの大差をつけて圧勝した伝説の1台である
  • フィアット トゥルビーナ:最高速度250km/hを目標に開発された、フィアットの圧倒的な技術力を示す歴史的コンセプトカー。背面に備えられた特徴的な排気口が、真のガスタービンエンジン搭載車であることを静かに物語っている
  • 1948 タルフィ 1:ピエロ・タルフィが開発した速度記録挑戦車「Tarf 1」。カタマラン型(双胴型)と呼ばれる独特のボディ形状を持ち、左側にドライバー、右側にモト・グッツィなどのバイク用エンジンを搭載した異形のクルマだ
  • アウトビアンキ プリムラ:ひっそりと展示されているセダンのアウトビアンキ プリムラ。のちのフィアット128へと繋がる、ダンテ・ジアコーザが仕上げた初の横置きFWD(前輪駆動)システムを採用したエポックメイキングな存在だ
  • フェラーリ246 F1:個人や企業からの寄贈による収蔵品が多いのも同館の特徴。このベアシャシー状態のフェラーリ246 F1は、なんとエンツォ・フェラーリ本人が直接寄贈したもの。自動車の殿堂ならではの豪華すぎる展示物である
  • サン ジュスト:1923年にサイクルカーメーカー「サン ジュスト」が製作したシャシー。ミッドシップの空冷4気筒エンジンやバックボーンフレームなど、当時の常識を覆す非常に興味深いテクニカルな構造を隅々まで観察できる
  • フィアット トゥルビーナ:フィアットから寄贈された1954年製の「トゥルビーナ」。その名のとおり、革新的なガスタービンエンジンを搭載した実験車両であり、航空機を思わせる流麗な空力ボディは今見ても未来感に溢れている
  • フィアット130hp GP:1907年の当時3大レースをすべて制覇したフィアットのグランプリカー。排気量1万6286ccの4気筒エンジンを搭載し、OHVや半球型燃焼室など画期的なメカニズムで130hpを叩き出したモンスターマシンだ
  • ボルディーノ:馬車のコーチに蒸気機関を取り付けたボルディーノのスチームカー。日本がまだ江戸時代だった1854年に作られたものであり、まさに馬車から自動車へと進化を遂げる「歴史の転換点」を目の当たりにできる
  • モナコ トロッシ:フロントに空冷2サイクルの星形16気筒(3982cc)エンジンを押し込んだ1935年製のモナコ・トロッシ。イタリアGP予選に登場するも、ハンドリングが危険すぎて本戦出場を辞退したという狂気のGPカーだ
  • ランチアD50:ランチアのレース撤退によりフェラーリへ譲渡された数奇な運命を持つ「D50 F1」。ファンジオをワールドチャンピオンに導き、製造された6台のうち現存するのはこの寄贈車を含め世界にわずか2台という幻の名車
  • 広大なミュージアムの館内は、吹き抜け構造を利用して上層階から展示車両を俯瞰で眺めることも可能だ。美しい名車たちのルーフラインや、フロア全体の圧巻のスケール感をさまざまな角度から堪能することができる
  • 3階建ての広大な館内には、世界中から集められた極めて希少なクルマたちが並ぶ。2011年のリニューアルを経て近代的な展示空間へと生まれ変わり、快適なエレベーターで各フロアの歴史探訪を楽しめるようになった
  • 1903 ファブリカ ディ アウトモビリ フロレンティア:のちにイソッタ・フラスキーニのエンジニアとして名を馳せるカッターネオが開発を手がけた「ファブリカ・ディ・アウトモビリ・フロレンティア」のモデル。現存する唯一の車両と言われる極めて貴重な歴史的遺産だ
  • イタリア最大の河川であるポー川の畔に建つ「国立自動車博物館」。弓型に弧を描くファサードは全長100mにも及び、訪れる者を圧倒する。奇跡的に戦火を免れた歴史的遺産を守り続ける、まさに自動車の殿堂である
  • チシタリア202:巨匠ジョバンニ・バッティスタ・ピニンファリーナがデザインを手がけた「チシタリア202」。1946年に世界で初めてボディサイドが平滑な「フラッシュサイド」スタイリングを実現し、カーデザインの歴史を変えた

世界最高峰と言われるミュージアムに来訪!
トリノ国立自動車博物館は歴史的遺産の山

エンツォ・フェラーリ本人が寄贈したF1マシンや、排気量16Lを超える1907年製のグランプリカーなどなど見たこともないような展示物がずらりとありました。イタリア・トリノにある「国立自動車博物館」には、奇跡的に戦火を免れた圧倒的な歴史的遺産が眠っています。江戸時代に作られた蒸気車から、危険すぎてレース出場を辞退した星形エンジンの怪物マシンと知らないことたくさん見物させてくれます。では、知られざる名車たちの物語をナビゲートしましょう。

自動車の歴史を知る膨大なコレクションは必見
戦禍を逃れたヨーロッパ一番の濃い収蔵に唖然

最初にここを訪れたのは、1978年のことだったと思う。当時の正式名称は「Museo Nazionale dell’Automobile “Carlo Biscaretti di Ruffia” Torino」という結構長ったらしい名称であった。どうやら今は「Museo Nazionale dell’Automobile」に変わっている。日本語にすると、1978年当時は「トリノのカルロ・ビスカレッティ・ディ・ルフィア自動車博物館」。それが今は「国立自動車博物館」となっているというわけだ。フランスにしてもこちらにしても、国立の自動車博物館があるのだから羨ましい。

はっきり言って、この博物館はヨーロッパで自動車の歴史を知るうえでもっとも適した博物館である。こちらは自動車に特化しているとはいえ、その規模感からいくと、アメリカのヘンリー・フォード博物館に匹敵する内容の濃さを誇る(フォードは自動車のみならず、およそ陸上を走る乗り物から飛行機に至るまで収蔵物が膨大だが)。

主としてイタリア車が中心だが、自動車の歴史に興味がある人ならぜひここを訪れることをお勧めする。たどり着くのは至って簡単だ。トリノの鉄道駅を降りたらツーリスト・インフォメーションに駆け込み、ガイドをもらえばすぐにわかる。イタリア最大の河川、ポー川の畔にある。

フィアットという自動車メーカーは、9人の発起人によってスタートした会社である。その9人のうちの2人、ロベルト・ビスカレッティ・ディ・ルフィアとチェザーレ・ゴリア・ガッティが、自動車博物館を作ろうと発案した。そして1933年にトリノ市が建設候補地として名乗りを上げ、その年には正式に自動車博物館設立委員会が発足して計画が動き出したという。

そもそも1933年といえば、ヨーロッパで第2次世界大戦が始まる6年前のことである。しかも準備段階では、当時のミラノ自動車ショーにクラシックカーを展示することで、人々の関心を喚起するイベントも開催された。この時代にすでに「クラシックカー」という概念があったのだから、日本と比べていかに自動車先進国であったかがわかると思う。

こうして1939年には、最初の展示場として競技場のスタジアム下にクルマが並べられた。しかし、ほどなく第2次大戦が勃発。戦火は展示された自動車にも及びそうであったが、奇跡的に車両には被害がなく、一部の歴史的資料の消失で被害が食い止められたそうだ。

戦後、博物館の存続を後押ししたのは、フィアットのジョバンニ・アニエッリを筆頭とする自動車メーカー首脳で、新たな博物館建設の資金提供を約束した。

こうして1957年2月22日、新たな自動車博物館が誕生した。開館したのは1960年だったが、誕生当時、初代館長に任命されたのは、この運動に最初から関わり、もっとも献身的に活動をしたロベルト・ビスカレッティ・ディ・ルフィアの息子、カルロ・ビスカレッティ・ディ・ルフィアであった。しかし、残念ながら彼は開館を見ることなく1959年に他界している。

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