世界最高峰と言われるミュージアムに来訪!
トリノ国立自動車博物館は歴史的遺産の山
エンツォ・フェラーリ本人が寄贈したF1マシンや、排気量16Lを超える1907年製のグランプリカーなどなど見たこともないような展示物がずらりとありました。イタリア・トリノにある「国立自動車博物館」には、奇跡的に戦火を免れた圧倒的な歴史的遺産が眠っています。江戸時代に作られた蒸気車から、危険すぎてレース出場を辞退した星形エンジンの怪物マシンと知らないことたくさん見物させてくれます。では、知られざる名車たちの物語をナビゲートしましょう。
自動車の歴史を知る膨大なコレクションは必見
戦禍を逃れたヨーロッパ一番の濃い収蔵に唖然
最初にここを訪れたのは、1978年のことだったと思う。当時の正式名称は「Museo Nazionale dell’Automobile “Carlo Biscaretti di Ruffia” Torino」という結構長ったらしい名称であった。どうやら今は「Museo Nazionale dell’Automobile」に変わっている。日本語にすると、1978年当時は「トリノのカルロ・ビスカレッティ・ディ・ルフィア自動車博物館」。それが今は「国立自動車博物館」となっているというわけだ。フランスにしてもこちらにしても、国立の自動車博物館があるのだから羨ましい。
はっきり言って、この博物館はヨーロッパで自動車の歴史を知るうえでもっとも適した博物館である。こちらは自動車に特化しているとはいえ、その規模感からいくと、アメリカのヘンリー・フォード博物館に匹敵する内容の濃さを誇る(フォードは自動車のみならず、およそ陸上を走る乗り物から飛行機に至るまで収蔵物が膨大だが)。
主としてイタリア車が中心だが、自動車の歴史に興味がある人ならぜひここを訪れることをお勧めする。たどり着くのは至って簡単だ。トリノの鉄道駅を降りたらツーリスト・インフォメーションに駆け込み、ガイドをもらえばすぐにわかる。イタリア最大の河川、ポー川の畔にある。
フィアットという自動車メーカーは、9人の発起人によってスタートした会社である。その9人のうちの2人、ロベルト・ビスカレッティ・ディ・ルフィアとチェザーレ・ゴリア・ガッティが、自動車博物館を作ろうと発案した。そして1933年にトリノ市が建設候補地として名乗りを上げ、その年には正式に自動車博物館設立委員会が発足して計画が動き出したという。
そもそも1933年といえば、ヨーロッパで第2次世界大戦が始まる6年前のことである。しかも準備段階では、当時のミラノ自動車ショーにクラシックカーを展示することで、人々の関心を喚起するイベントも開催された。この時代にすでに「クラシックカー」という概念があったのだから、日本と比べていかに自動車先進国であったかがわかると思う。
こうして1939年には、最初の展示場として競技場のスタジアム下にクルマが並べられた。しかし、ほどなく第2次大戦が勃発。戦火は展示された自動車にも及びそうであったが、奇跡的に車両には被害がなく、一部の歴史的資料の消失で被害が食い止められたそうだ。
戦後、博物館の存続を後押ししたのは、フィアットのジョバンニ・アニエッリを筆頭とする自動車メーカー首脳で、新たな博物館建設の資金提供を約束した。
こうして1957年2月22日、新たな自動車博物館が誕生した。開館したのは1960年だったが、誕生当時、初代館長に任命されたのは、この運動に最初から関わり、もっとも献身的に活動をしたロベルト・ビスカレッティ・ディ・ルフィアの息子、カルロ・ビスカレッティ・ディ・ルフィアであった。しかし、残念ながら彼は開館を見ることなく1959年に他界している。




























































